盗賊討伐依頼をサーシャと共に完了し、ついにその日が来た。
王都第二 公共訓練場、直径50mは広場であり、コロシアムのように円形座席はなく結界と防壁によってほとんどが囲まれており、一部に治療所と僅かな客席のみが設けられている。いまこの場には、ランドルフ伯爵の子息 ゼノン・ランドルフ、ソーディアン子爵の子息 グレン・ソーディアン。そいて立会人としてサーシャ、ランドルフ伯からは当主と奥方、 私は兄アークスのみが客席にいる。
コロシアムの中央に私とゼノンのみがいるのだが、ゼノンは騎士の正装で着てくれたがこちらはそんなものは持っていない。普段どおり鎧を着けず、身軽な服装のまま三顔のオーガ亜種に打ち直してもらった《城崩し 鈴風》のみを背負っている。正装しない為、考えによっては相手を侮辱している行為かもしれないが、騎士の家系ではなく冒険者の家系ゆえに問われることはないと思いたい。現当主であるランドルフ伯が客席から立ち上がる。40代だろう皺の刻まれた顔にはいくつかの刀傷痕があり、がっしりとした体格は現役の10騎士団長の一人である。
「互いに死んでも恨んでは成らぬ。それが貴族であり騎士である。お互い死を賭して戦い、後悔の無き事を戦の神に誓え!」
ゼノンはヘルメットを外し、重槍を両手で持つと天に掲げ何かに誓いを捧げている。私は誓える戦の神は知らないが、今は両手剣を抜いて剣礼を取りそれらしく振舞う。そしてお互いに誓いを終え、戦う体制を取る。
「それでは、はじめ!」
ランドルフ伯爵家、正統な騎士にして王国において名の通った一族。代々受け継がれ洗礼され、ランドルフ家流騎士戦技なんというものまで存在する。本来両手で持つはずのランスを左手で持ち、右手では身の半分を隠す盾を構えている。こちらも充分間合いを取り、中段に構え城崩しに魔力を流し黒い影が纏わりつき始める。先に動いたのはゼノンだった。稼動部位が鎖帷子のフルアーマーとはいえ、驚く速さで走り重槍の間合いに入った。
槍や薙刀に対して剣術で戦う場合、段位で言うなら3倍の技量が必要というが、魔法がある以上その法則は正しくはない。せいぜい1.5倍程度、それも身体強化魔法でいくらでも覆せる上に、剣は刀身が長いため魔力を乗せた攻撃を行いやすい利点もある。一方で絶対的に剣では勝てないものがある。それはツーハンデットソードよりも長いリーチがあるし、重槍は剣では受け流す以外防御が不可能な刺突を行える。槍は突いてよし、重量に任せて打撃に使ってよしの中々の万能武器だが、重槍は貫く事を最重要視し、打撃の汎用性を削って高い貫通性を持つ。
「はぁぁぁ!」
気合と同時に重槍がこちらに迫り、半歩身をずらし槍の軌道から外れる。直撃すれば剣や盾を簡単に貫く以上、避けるか受け流すくらいしかできない。だが、かわした筈の突きが軌道を変えこちらに追る。装甲や甲殻を貫く重槍を使用した、殺傷力が特に高い刺突系を主とする流派というのは飾りではない。私は一応殺さない事を考えているのだが、相手のゼノン・ランドルフは殺す事を厭わないようだ。重槍の先端が体をかすめ、まるで軽槍のように連続した鋭い突き。先手を取られ、中段に構えた剣で左右に受け流し徐々に下がりながら反撃のタイミングをはかる。
「ショックブラスト!」
こちらを意図を読んだのか、回転を加えた重槍の魔力突きに体制を崩され、数歩下がりながら中段構えを解いてしまう。その隙を逃さず即座に体の中心を狙って突き出される重槍を、剣を地面に突き刺す事で受け流し難を逃れ体勢を整えなおす。
「ショッククラッシュ!!」
効果があると見たのか、さらに捻りと体重を加えた同種の技を連続して繰り返す。人間相手ではないのならそれでいい、だが一度踏み込みも突きの早さも見ている。即座に剣を振り上げると真正面から重槍に叩きつけ、重槍の軌道をずらすと表面を滑らせながら胴薙ぎに振るう。盾の半分程度まで食い込み、衝撃で数m弾き飛ばす。身体強化していないのだが、どうやらこの剣 城崩し 鈴風 にはまだ知らない力があるようだ、全身に負担が掛かり体が軋み、負担と引き換えに全身を強化するのだろう。ためしにと振り上げながら強く踏み込み、一気に接近すると上段から全力で振り下ろす。分厚い盾を打ち砕き、ゼノンは驚きながら再度距離を取ると盾を捨てて両手で重槍構え警戒している。
「長くは使えない代物・・・・・・だな」
魔剣からの助力と言うべきか何も考えなければ5割身体強化したのと同じだけの効果があるのだが、身体強化魔法と違って体に負担は掛かっている。どうやら1.5倍の力を出せば1.5倍の、2倍の力を出せば2倍の負担が全身に掛かるのだろう。ハイリスク・ハイリターン、実戦にも鍛錬にも使える実に良い魔剣だ。これが終わったらお礼に高い酒樽と酒の肴を持って再び3顔のオーガを尋ねるとしよう。
残る問題はどこまで倍加できるかだが、次は2.5倍を意識しながら地面に突き刺し、一歩踏み出しながら剣を振り上げる。吹き飛ばされた土塊がゼノンに襲い掛かり、そのまま剣を上段に構え直し再び踏み込む。土塊を気にせずゼノンが突き出した重槍に剣を叩きつけ、そのまま力任せにへし折る。地面にめり込んだ衝撃で浅いが直径1mほどのクレーターが出来たが、体の負担が大き過ぎ一旦距離を取り直す。
「・・・・・・この化け物が」
ゼノンはそう言うと腰に止めていたロングソードを抜く。化け物というが、恐らく身体強化魔法を使ったナルタよりも力はないはずだし、まだ見たことはないがミノタウロス ファロー族の戦士ラームならもっと怪力のはずだ。だが問題は未体験の身体強化15割と同じ負荷を掛けた全身が酷く痛み、治癒に関わる魔法を使わずに居るのが非常に辛いということだ。しかしここで魔法を使えば楽かもしれないが、相手のゼノンが使わない以上義に反した行為は出来ない。
「決着をつけようか」
「あぁ」
ゼノンは中段に、私は左脇に構えると一気に踏み込む。頭部を狙って突き出す体勢に入ったゼノンの剣を横薙ぎに振るい破壊、そのまま城崩しを上段に構え頭から真っ二つに振り下ろす体制に入る。その時、観客席で見ていたサーシャは席を立つと闘技場に飛び込んだ。
「そこまで」
突如乱入してきたサーシャに顔を切り裂かれ血が流れ、振り下ろそうとしていた剣を止める。
「決闘とはいえランドルフ伯の子息を殺すとあなたも大変よ? 」
態々それを言うためだけに人の顔を爪で切り裂くのはどうかと思うが、眼を外す辺り気を配っているのかもしれない。傷痕なく治したとしても痛いものは痛いので控えては欲しいが。
「リジェネレーション 低級」
出血が弱まり徐々に傷が塞がっていく。目の前の状況が読めず、ゼノンは折れた剣を握ったままその場に立ったままだ。サーシャの行動を理解できないのかもしれないが、元々こういう女性で外見の美しさや立ち振る舞いは別物。落ち着いていれば確かに貴族の淑女だが、殺人衝動を満たさなければいつ暴走してしまうかわからない。どちらにせよゼノンも私もこの戦いを継続できるだけの余裕はない。見届け人でもある当主のランドルフ伯が椅子から立ち上がる。
「ゼノン。負けを認めるか!」
ゼノンは静かに折れた剣をその場に置き敗北を認めた。
「よし、それではグレン・ソーディアン及びサーシャ・サターナの婚姻を許可する!」
『はっ?』
余りの事態にサーシャと言葉が重なってしまった。
「兄上、これは?」
「父上、これはどういうことでしょうか」
サーシャは唖然として固まっているが、私もランドルフ伯の息子も疑問に思い尋ねる。
「グレン、今回は婚姻するはずであったランドルフ伯爵家の子息から、サターナ子爵家の次女をお前が奪ったと言う決闘の体裁になっている。つまり勝てばお前が第一婦人として迎えると言う事だ」
「相手がリーゼハルト侯爵家と由縁のあるソーディアン子爵家ならば私から言う事は無い。もちろん爵位を持つまでは正式な結婚は許さぬが」
完全に詰んでいる。立場上の見届け人ではあるが公爵の兄が居るだけではなく、奪う形になった伯爵家の当主から認められ立場上逃れる術が無い。つまり私が何か方法を伝えた時点でどのような形になろうと、サーシャは誰かと結婚する流れになっていたわけだ。サーシャの方を見るとさすがに逃げようがないと分かったのか諦めの表情を浮かべている。元より貴族に自由な結婚や生活など無く、何も知らない相手と結婚させられるよりはお互いをある程度理解しているだけましかもしれない。
城崩しを地面に突き刺し、亜空間倉庫から儀礼用の剣を取り出すと腰に下げる。サーシャの前に右ひざを地面に着いて片膝で跪き、頭を垂れながら右手を差し出す。一生する事はないと思っていたのだが。
「我が剣はあなたの為に」
形式上騎士にまつわる貴族の男児は第一婦人を迎える為の言葉や作法は決められている。騎士ではないがこれしか私は知らない。
「違うでしょう?」
驚いてサーシャの顔を見上げるとつまらなそうな表情で首を振っている。
「あなたの剣はあなた自身の為、あなたは私に何が出来るのかしら?」
型通りの、貴族としての希望など何も求められていない。立ち上がると儀礼用の剣を仕舞い、先ほどまで使っていた城崩し 鈴風を背負う。そしてサーシャの右手取ると自らの首筋に当てる。
「あなたの空虚と飢えを満たしましょう。 私の命が続く限り」
笑みを浮かべるとその爪に氷の爪を宿らせ、爪を立てながらその顔を近づける。
「受けましょう私の騎士。私が私で居続けられるように、満たし続けなさいな」
これがお互いにとっての誓い。この世界に居続ける間ずっと続く縁の始まりだった
王都第二 公共訓練場、直径50mは広場であり、コロシアムのように円形座席はなく結界と防壁によってほとんどが囲まれており、一部に治療所と僅かな客席のみが設けられている。いまこの場には、ランドルフ伯爵の子息 ゼノン・ランドルフ、ソーディアン子爵の子息 グレン・ソーディアン。そいて立会人としてサーシャ、ランドルフ伯からは当主と奥方、 私は兄アークスのみが客席にいる。
コロシアムの中央に私とゼノンのみがいるのだが、ゼノンは騎士の正装で着てくれたがこちらはそんなものは持っていない。普段どおり鎧を着けず、身軽な服装のまま三顔のオーガ亜種に打ち直してもらった《城崩し 鈴風》のみを背負っている。正装しない為、考えによっては相手を侮辱している行為かもしれないが、騎士の家系ではなく冒険者の家系ゆえに問われることはないと思いたい。現当主であるランドルフ伯が客席から立ち上がる。40代だろう皺の刻まれた顔にはいくつかの刀傷痕があり、がっしりとした体格は現役の10騎士団長の一人である。
「互いに死んでも恨んでは成らぬ。それが貴族であり騎士である。お互い死を賭して戦い、後悔の無き事を戦の神に誓え!」
ゼノンはヘルメットを外し、重槍を両手で持つと天に掲げ何かに誓いを捧げている。私は誓える戦の神は知らないが、今は両手剣を抜いて剣礼を取りそれらしく振舞う。そしてお互いに誓いを終え、戦う体制を取る。
「それでは、はじめ!」
ランドルフ伯爵家、正統な騎士にして王国において名の通った一族。代々受け継がれ洗礼され、ランドルフ家流騎士戦技なんというものまで存在する。本来両手で持つはずのランスを左手で持ち、右手では身の半分を隠す盾を構えている。こちらも充分間合いを取り、中段に構え城崩しに魔力を流し黒い影が纏わりつき始める。先に動いたのはゼノンだった。稼動部位が鎖帷子のフルアーマーとはいえ、驚く速さで走り重槍の間合いに入った。
槍や薙刀に対して剣術で戦う場合、段位で言うなら3倍の技量が必要というが、魔法がある以上その法則は正しくはない。せいぜい1.5倍程度、それも身体強化魔法でいくらでも覆せる上に、剣は刀身が長いため魔力を乗せた攻撃を行いやすい利点もある。一方で絶対的に剣では勝てないものがある。それはツーハンデットソードよりも長いリーチがあるし、重槍は剣では受け流す以外防御が不可能な刺突を行える。槍は突いてよし、重量に任せて打撃に使ってよしの中々の万能武器だが、重槍は貫く事を最重要視し、打撃の汎用性を削って高い貫通性を持つ。
「はぁぁぁ!」
気合と同時に重槍がこちらに迫り、半歩身をずらし槍の軌道から外れる。直撃すれば剣や盾を簡単に貫く以上、避けるか受け流すくらいしかできない。だが、かわした筈の突きが軌道を変えこちらに追る。装甲や甲殻を貫く重槍を使用した、殺傷力が特に高い刺突系を主とする流派というのは飾りではない。私は一応殺さない事を考えているのだが、相手のゼノン・ランドルフは殺す事を厭わないようだ。重槍の先端が体をかすめ、まるで軽槍のように連続した鋭い突き。先手を取られ、中段に構えた剣で左右に受け流し徐々に下がりながら反撃のタイミングをはかる。
「ショックブラスト!」
こちらを意図を読んだのか、回転を加えた重槍の魔力突きに体制を崩され、数歩下がりながら中段構えを解いてしまう。その隙を逃さず即座に体の中心を狙って突き出される重槍を、剣を地面に突き刺す事で受け流し難を逃れ体勢を整えなおす。
「ショッククラッシュ!!」
効果があると見たのか、さらに捻りと体重を加えた同種の技を連続して繰り返す。人間相手ではないのならそれでいい、だが一度踏み込みも突きの早さも見ている。即座に剣を振り上げると真正面から重槍に叩きつけ、重槍の軌道をずらすと表面を滑らせながら胴薙ぎに振るう。盾の半分程度まで食い込み、衝撃で数m弾き飛ばす。身体強化していないのだが、どうやらこの剣 城崩し 鈴風 にはまだ知らない力があるようだ、全身に負担が掛かり体が軋み、負担と引き換えに全身を強化するのだろう。ためしにと振り上げながら強く踏み込み、一気に接近すると上段から全力で振り下ろす。分厚い盾を打ち砕き、ゼノンは驚きながら再度距離を取ると盾を捨てて両手で重槍構え警戒している。
「長くは使えない代物・・・・・・だな」
魔剣からの助力と言うべきか何も考えなければ5割身体強化したのと同じだけの効果があるのだが、身体強化魔法と違って体に負担は掛かっている。どうやら1.5倍の力を出せば1.5倍の、2倍の力を出せば2倍の負担が全身に掛かるのだろう。ハイリスク・ハイリターン、実戦にも鍛錬にも使える実に良い魔剣だ。これが終わったらお礼に高い酒樽と酒の肴を持って再び3顔のオーガを尋ねるとしよう。
残る問題はどこまで倍加できるかだが、次は2.5倍を意識しながら地面に突き刺し、一歩踏み出しながら剣を振り上げる。吹き飛ばされた土塊がゼノンに襲い掛かり、そのまま剣を上段に構え直し再び踏み込む。土塊を気にせずゼノンが突き出した重槍に剣を叩きつけ、そのまま力任せにへし折る。地面にめり込んだ衝撃で浅いが直径1mほどのクレーターが出来たが、体の負担が大き過ぎ一旦距離を取り直す。
「・・・・・・この化け物が」
ゼノンはそう言うと腰に止めていたロングソードを抜く。化け物というが、恐らく身体強化魔法を使ったナルタよりも力はないはずだし、まだ見たことはないがミノタウロス ファロー族の戦士ラームならもっと怪力のはずだ。だが問題は未体験の身体強化15割と同じ負荷を掛けた全身が酷く痛み、治癒に関わる魔法を使わずに居るのが非常に辛いということだ。しかしここで魔法を使えば楽かもしれないが、相手のゼノンが使わない以上義に反した行為は出来ない。
「決着をつけようか」
「あぁ」
ゼノンは中段に、私は左脇に構えると一気に踏み込む。頭部を狙って突き出す体勢に入ったゼノンの剣を横薙ぎに振るい破壊、そのまま城崩しを上段に構え頭から真っ二つに振り下ろす体制に入る。その時、観客席で見ていたサーシャは席を立つと闘技場に飛び込んだ。
「そこまで」
突如乱入してきたサーシャに顔を切り裂かれ血が流れ、振り下ろそうとしていた剣を止める。
「決闘とはいえランドルフ伯の子息を殺すとあなたも大変よ? 」
態々それを言うためだけに人の顔を爪で切り裂くのはどうかと思うが、眼を外す辺り気を配っているのかもしれない。傷痕なく治したとしても痛いものは痛いので控えては欲しいが。
「リジェネレーション 低級」
出血が弱まり徐々に傷が塞がっていく。目の前の状況が読めず、ゼノンは折れた剣を握ったままその場に立ったままだ。サーシャの行動を理解できないのかもしれないが、元々こういう女性で外見の美しさや立ち振る舞いは別物。落ち着いていれば確かに貴族の淑女だが、殺人衝動を満たさなければいつ暴走してしまうかわからない。どちらにせよゼノンも私もこの戦いを継続できるだけの余裕はない。見届け人でもある当主のランドルフ伯が椅子から立ち上がる。
「ゼノン。負けを認めるか!」
ゼノンは静かに折れた剣をその場に置き敗北を認めた。
「よし、それではグレン・ソーディアン及びサーシャ・サターナの婚姻を許可する!」
『はっ?』
余りの事態にサーシャと言葉が重なってしまった。
「兄上、これは?」
「父上、これはどういうことでしょうか」
サーシャは唖然として固まっているが、私もランドルフ伯の息子も疑問に思い尋ねる。
「グレン、今回は婚姻するはずであったランドルフ伯爵家の子息から、サターナ子爵家の次女をお前が奪ったと言う決闘の体裁になっている。つまり勝てばお前が第一婦人として迎えると言う事だ」
「相手がリーゼハルト侯爵家と由縁のあるソーディアン子爵家ならば私から言う事は無い。もちろん爵位を持つまでは正式な結婚は許さぬが」
完全に詰んでいる。立場上の見届け人ではあるが公爵の兄が居るだけではなく、奪う形になった伯爵家の当主から認められ立場上逃れる術が無い。つまり私が何か方法を伝えた時点でどのような形になろうと、サーシャは誰かと結婚する流れになっていたわけだ。サーシャの方を見るとさすがに逃げようがないと分かったのか諦めの表情を浮かべている。元より貴族に自由な結婚や生活など無く、何も知らない相手と結婚させられるよりはお互いをある程度理解しているだけましかもしれない。
城崩しを地面に突き刺し、亜空間倉庫から儀礼用の剣を取り出すと腰に下げる。サーシャの前に右ひざを地面に着いて片膝で跪き、頭を垂れながら右手を差し出す。一生する事はないと思っていたのだが。
「我が剣はあなたの為に」
形式上騎士にまつわる貴族の男児は第一婦人を迎える為の言葉や作法は決められている。騎士ではないがこれしか私は知らない。
「違うでしょう?」
驚いてサーシャの顔を見上げるとつまらなそうな表情で首を振っている。
「あなたの剣はあなた自身の為、あなたは私に何が出来るのかしら?」
型通りの、貴族としての希望など何も求められていない。立ち上がると儀礼用の剣を仕舞い、先ほどまで使っていた城崩し 鈴風を背負う。そしてサーシャの右手取ると自らの首筋に当てる。
「あなたの空虚と飢えを満たしましょう。 私の命が続く限り」
笑みを浮かべるとその爪に氷の爪を宿らせ、爪を立てながらその顔を近づける。
「受けましょう私の騎士。私が私で居続けられるように、満たし続けなさいな」
これがお互いにとっての誓い。この世界に居続ける間ずっと続く縁の始まりだった