すでに中に侵入されたことに気付いた盗賊達は逃げる者も現れ始め、正面から攻撃を仕掛けていた部隊が扉を破り戦いが始まっている。一人の盗賊を締め上げと言いたいところだが、半吸血鬼化しているサーシャの魔眼に魅入られ簡単に居場所を話した。しかしそこは地下室であり、今も何かしらの魔法の実験をしているためにそこにいるそうだ。階段を下りて地下室に入ると嫌な空気が流れていた。

「これは、魔力かしら。随分と澱んでいるわね」

 澱み穢れかけている魔力、地下室の分厚い扉を開けると歪に動物同士が繋ぎ合わされた化け物の屍骸が多数転がっていた。

「これは・・・・・・キメラ」

 兄セズはS級冒険者であり魔導士ギルドの幹部、魔法学や知識に置いて徹底的に教えられている。この戦乱だらけの世界でも一種の倫理観、いかなる探究心に溢れる魔導士であっても生命を嬲る行為は魔導士ギルドにおいても禁止されていた。キメラ創造・生者の生贄・記憶の改竄は禁忌に当てはまる。キメラ生物の屍骸の中には人らしきものもあり、禁忌を犯していることはすぐにわかった。
 大きな何かを引き摺る音に身構え、角から這いずりながら巨大な影が現れた。熊やオークの複数の足で巨躯を引き摺り、オーガやミノタウロスの多くの腕を持つ、様々な生き物が結合した形が定まらず、人間の頭が一つだけ飛び出している。

「あぁぁぁぁぁぁぁ!」

 魔力を増やすために繋ぎ合わされた魔獣の体がうごめき、苦痛と絶叫の言葉にならないうめき声を上げる異形の化け物。その後ろから一つ人影が現れ、その手には制御するためだろう杖を持っていることからどうやらキメラの化け物を従属させている主のようだ。

「おやおや、こんなところまで新しい素材が来てくれるとは」

 ローブから覗かせるその顔は継ぎ接ぎがされており、自らもある種の改造を施していると思ったほうがよさそうだが。その表情は不気味な笑顔が張り付き、得も知れぬ不気味さがある。

「まずは味見といこうか」

 こちらに無造作に向けられた腕が三つに避け、牙と涎をたらす醜悪な顎へと姿を変えた。もはやギルドによってキメラの製造が禁止されていることを問う必要さえない。これだけの知識がありながら違法であることを知らないなどとはありえないからだ。

「ファイアボルト」

 腕の口から放たれた火の矢は大きく、矢と言うよりはまるで防衛用の弩弓の太矢。まともに受ければ矢傷と火傷だけでは済まず、肉ごと抉られてしまいそうだ。サーシャとともに避けるがさすがにそのおぞましさに眉を歪めている。

「こいつらの相手は私がします。サーシャは」

「私はあの肉塊をやるわね。 あの気色悪い人間はまかせるわ」

 サーシャが地下室の壁に触れると大量に転がっていたキメラの屍骸から骨格が引き千切れ、組み合わさり一つのボーン系アンデットモンスターを、人型ではなく六脚の獣のようなモノを作り上げた。人間さえ一噛みで半身を持っていきそうな大顎を持つ骨の獣は重そうな頭部を持つ。それ狼類のようにも、巨大なトカゲのようにもみえた。

「いきなさい」

 吸血鬼は死者を操る力があるというが、一からボーン系モンスターを作り上げるとは思わなかった。骨の獣は肉塊の化け物に喰らいつき、鋭い爪を立てながらもつれ合うように戦っている。あんなものに紛れたくはないが、サーシャは制御に手一杯でこちらに気をかけられる様子はない。

「14号、捕食しないようにしなさい。出来る限り形を保ったままですよ」

 あの化け物は14号と言うらしいが、それまで13体の失敗作と無数の命を費やしてきたのだろう。少々嫌悪を超えて怒りを覚えるが、サーシャを狙わないというのならまだいい。ローブから左腕出てくるとその腕は青緑色をしており、ぞっとした感覚とともに後ろに跳ぶと、それまで居た場所の足元から突如炎が噴出する。詠唱もしない魔物が使用するのと同じ魔法、どうやらキメラ化技術を使って自らに魔物の力を移植でもしたようだ。

「アイスジャベリン ショット」

 2m程度の大きさがある氷の槍を3本の放つが、炎の噴出に阻まれ全て消えてしまう。中級氷属性魔法なのだがこの程度では意味がないようだ。それほど広くない地下室を走り回りながら炎の噴出と火の矢を避ける。

「人間の魔法は弱くて不便ですねぇ。私のように魔物の力さえあればこんな事も自在と言うのに」

 右手からは火矢を左手からは炎の噴出を自在に操る自らの力に酔っているようで、その声は歓喜に満ちて油断しきっている。ブレーカーガントレットを取り出して打ち込む隙はないが、僅かな間視界を覆う位は出来そうだ。

「アバランチ」

 両腕に氷を纏わせ凪ぐように振り払うと2m程度の雪崩が現れ視界を覆うようにキメラの男に迫っていく。倉庫から魔方陣が描かれた布と媒体となる木炭を取り出し右腕に巻きつける。条件が良くないため媒体が無ければ召喚は難しい。

「面白い魔法を使うね。これは中々解剖のやり甲斐がありそうだよ。まずは火の耐性を見てみようか」

 迫り行く雪の波を阻むように炎が噴出し雪崩が全て溶かされ、同じように私の周囲も炎の噴出に囲まれてしまう、だが詠唱の準備はすでに整っている。

「舞台は整い、人は集った。炎舞を始めよう。 炎熱の舞姫」

 右腕を炎が覆いつくし、中性的な炎の精霊が二人現れると命令権を強奪しその両手に炎が集まっていく。何が起きたのか理解できないのかキメラの男は両手で火を扱おうとしているようだが、中位以上の火の精霊である炎熱の舞姫が周囲を支配しているため、それ以下の存在が行使しようとする精霊に関わる魔法は意味を成さない。

「魔導士ギルドの法に置いてと言いたい所だが、兄だったらきっとこういうだろう。外法しか使えない魔導士など 業火に焼かれ灰になれ と」

 知識を元に、身の魔力が枯渇する寸前までありったけ炎熱の舞姫に魔力を譲渡する。

「火の精霊 サラマンデル。炎の精霊 ヴルカン。全てを照らす精霊神 ヘオス。 我は今魔力を奉納し、炎熱の舞姫を通してあなた方の力を望む者。暖かき火、穢れを焼き払う炎、空に燃える太陽、我が願いを聞き届けその偉大なる力を顕現させたまえ」

炎熱の舞姫が炎で象形文字を描き火属性の禁呪である立体魔方陣で構成していく。

「スピサ(火)・フロガ(炎)・ヘリオス(太陽)・ヘオース(朝)」

 視界が真っ白に変わるほどの火が炎熱の舞姫から放たれ、キメラの男に当たると同時に結界で覆われた範囲を真っ白な光が全てを覆いつくす。2秒ほどして光が消えた後は地下室の床や天井が溶け落ちるほど何もかもを焼き尽くし、キメラ化した男の残骸も灰が極僅かに残っているだけだ。
 魔力が枯渇し掛けその場に座り込む。兄セズのように稀代の天才魔導師でもないのに精霊の力を借りて火の禁呪を使用したのは不味かった。生命力まで削られ身動き一つとれない。今この瞬間なら手も足も出せずサーシャと戦っているはずのキメラがこちらに向ってきたら抵抗せず殺される。

「あらあら、油断したみたいねぇ」

 背後から聞こえるサーシャの声に冷や汗が流れる。振り返ることも出来ず首筋を撫でる手は血で汚れておらず、サーシャは前に回ると自らの亜空間倉庫から椅子を取り出し目の前に座った。

「早く椅子を担いで下さいな」

 すでに力を完全に抑え込んだのか、普段どおりの蒼い眼の変わらぬ笑みに苦笑してしまう。少し回復した体でなんとか立ち上がり周囲を確認すると、キメラの化け物はずたずたに引き裂かれた残骸となりはて生命活動を完全に停止していた。骨の獣も用が済んだのか隅の方でばらばらになった残骸が積まれていた。