ダンジョンから戻り、ラクシャ達は改築の終わった新たな拠点で休んでいる。稼ぎが多かったので高い酒を飲んで3日くらいは過ごしたいそうだ。そして私は二週間ぶりの地上の町を歩いていただけなのだが、突然銀の短剣を足元に投げられた。

「我はランドルフ伯の息子 ゼノン・ランドルフ! 貴公に決闘を申し込む!!」

 ランドルフ伯爵というとサーシャが言っていた結婚しなければならない相手の家だったはず。名前からして子息だとは思うのだが。精悍な顔つきと伯爵らしい質が良い服装に身を包み、体格は私より幾らか大柄だが鍛えているらしく服の上からでも引き締まって見える。従者もを何人も連れ、任務以外で直接その足で街に出るような人間には見えない。

「理由を聞かせていただけますか」

「貴公が我が許婚を奪った!」

 決闘を申し込むのに充分な理由、むしろこちらが全面的に悪い。結婚させられそうではなく許婚なら、間違いなく私がそそのかしたに違いない。下手すれば貴族間の抗争に成りかねない事案だ。頭が痛くなるが私が背景や裏をしっかり取らなかった自業自得。

「それ故に決闘を申し込む!」

 足元に投げられた銀の短剣を抜き取り、代わりにこちらも銀の短剣を投げ返し決闘を受領する。この世界では決闘は両者の承認があってこそ。例え断っても罰せられたり嘲笑されることは無いのだが、名誉に関するため受けない者は余り居ない。一方で決闘を申し込む側も、取り繕えない誇りを傷付けられたという証明にもなってしまうのだが。

「立会人は両家の代表及びサーシャ、決着方法は」

「死もしくはサーシャが止めた時だ! 場所は王都第二 公共訓練場、3日後の夕刻に使用許諾を得ている!!」

 あの殺人狂になりかけが止めるとは思えないが、外見もしくは子爵の淑女としてのサーシャしか知らないのではないだろうか。

「分かりました。それでは3日後に」

 騎士の名門ランドルフ伯爵家、200年程前から王家に使える騎士の家系であり、十騎士団の第五騎士団 団長をランドルフ伯が勤めている。その息子が相手となると油断は出来ないだろう。

「では失礼する!」

 ゼノン・ランドルフは数名の従者を連れ立ち去った。周囲がざわついているが、当日野次馬が来ないように立会人は決めている。野次馬に関わられぬよう、急いで学園の総合教科窓口に赴く。

「すみません。サーシャ・サターナに貴族として重要な案件があるのですが、現在どの教科を受けているでしょうか?」

「現在冒険者D級ライセンス試験を受けております。このままお待ちなるか 第4訓練場をお尋ねください」

「わかりました。ありがとうございます」

 編入して一月程度しか経っていないはずだが、元々の貴族として学問を修め、あとはあの夜見せた動き、殺しの才能の助けもあったかもしれない。向った第4訓練場で少しの間サーシャに見惚れていた。なんというか振り乱れる赤い髪と楽しそうな微笑み、そしてかすかに香る殺気の篭った攻撃に危険な美しさがある。舞い、そう形容したほうがいいのだろう。両手に持つ短剣で舞い踊るように上下左右に短剣を繰り出している。ブルーのアフタヌーンドレスに低いとはいえヒール姿、あれはダンスをしっかりと習っている貴族子女であるサーシャだからこそ出来る。私には到底無理だ。緩慢のようで敏捷に、相手の動きに呼吸を合わせタイミングを計り、体の回転と重心移動を利用してリズムを刻むように回避と攻撃を行ってい緩急をつけている。
 だが随分と手を抜いている。突きも無ければ氷の爪も使っては居ないし動きが全体的に綺麗なものだ。こちらに気付き、僅かに殺気が増えたと感じた瞬間試験官の腕に短剣が吸い込む様に近付き、血が噴出し教官は剣から手を離した。

「そこまで。サーシャ、やりすぎですよ」

「そうかしら? 仮にもC級冒険者ならもう少し愉しませてくれませんと」

 微笑を浮かべているが、ほんの少し開かれた眼には飢えが見える。そろそろ盗賊の討伐にでも行かないと殺人衝動を抑えられないのかもしれない。

「あんたは合格だよ。 くそっ、腕をやられるなんてな」

 教官は腕を押さえたままだが、治癒術士が近くで控えたいたのですでに治療によって出血は収まりつつある。どちらにせよサーシャはすでに興味を失っているのか視線さえ向けては居ない。

「これから盗賊討伐依頼でも行きましょうか。 依頼内容次第では捕縛するかは受領者の任意だから」

「すぐに向いましょう。 民のために罪人を片付けるのも貴族の務めです」

 サーシャに腕を組まれ強引に引っ張られていく。どうやら限界が近かったようだ。