王都ダンジョンも30層以下にもなると巨大な洞窟作りではなくなり、回廊といった立派な作りとなる。各所に点在する個室のようなものがあり、亜種やユニーク種が屯しているか、稀にダンジョンで投棄された武具が自然と集まり、魔素によって変質した特別な物に変わる倉庫や宝物庫となる。これを狙う冒険者も居るが大抵住みかとしている魔物の餌食となりただの屍となるか、大したものを得られず後悔する事になる。
 31層。ここまで来れるのはC級冒険者でも10人以上のパーティーを組んだ実力のある者達、もしくはラクシャやリヒトのように少数のB級冒険者だけとなる。

「では、何かあればここで」

 パーティーの意味がないという人もいるかもしれないが、互いに無理だといわない限り協力する必要はない。この階層の主な魔物はレッサードラゴンとオーガの二種類、稀に屍骸喰いのスライムが居るがその程度。30層と繋がる階段の前で個々に別れる。
 分かれた直後ジノは一匹のレッサードラゴンと相対していた。

レッサードラゴン****
体長3m程度の退化によって翼を失い地を歩くだけのドラゴンだが、その牙や爪や竜燐は健在でありB級冒険者でも一苦労する。
一方でレッサードラゴンを倒すことで得られる強固な素材が他のドラゴン種やワイバーン種を相手にする時役に立つ。それほどの相手に使われた武具は長くは持たない為常に素材の流通量が不足している。
また肉類は美味で貴重な食材、血も薬の材料、骨も強固な建材として買い手は沢山居る。主に尻尾は僅かしか取れない上に非常に美味。
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 レッサードラゴンの咆哮、身に降りかかる振動に油断できない相手だと否が応でもわかる。強い相手、毛が逆立ち血が沸騰していく。臆することなく真正面から突進しながら5体に分身。大きく息を吸い込みレッサードラゴンの吹き出された灼熱のブレスで2体がやられ消え去る。シードラゴンの攻撃でも耐えた分身がまるで役に立たない。だが壁際に近い2体と飛び上がり天井近くに舞っていた1体の合計3体が逃れ、レッサードラゴンの身に取り付き牙を突き立てる。

「ッ!?」

 シードラゴンの鱗を貫いた牙が強固な竜燐に阻まれ通らない。レッサードラゴンは振り落とすために暴れ回り、落とされまいと爪を立てるが振り落とされ、体制を整えるまもなく襲いくる尻尾がぶつかり離れた壁に叩きつけられる。骨がきしむどころか尻尾がぶつかった肋骨にひびがはいったようだ。長い戦いをしていると不利になる。

「オォォォォ!」

 月狼の咆哮、ルーンウルフの身体強化魔法でもあり全身が3倍近くまで大きくなる。サイズだけならレッサードラゴンと同じ大きさ、全ての力も比例して大きくなり皮膚や体毛も硬化した。真正面から突進、人間のように小ざかしい戦い方は出来ないしするつもりもない。レッサードラゴンが振りかぶった爪が胸の肉をえぐり血が噴出すのも構わず首に噛み付く。その状態のまま左足に噛みつかれ、剣も通さぬ皮膚を貫き骨にひびが入り、レッサードラゴンの左前足爪が肩の肉を抉る。身を犠牲にし顎に全ての力を込め、牙にひびが入るが竜燐を貫き肉に到達した。噛み付かれた足と爪によって抉られた胸部から血が噴出すが構わず力を込め続け、一分と経たずレッサードラゴンの呼吸が止まり息絶えたようだ。

「済んだか?」

 いつから見ていたのかすぐ背後の通路の分れにグレンが居た。レッサードラゴンの首から牙を離し、体を元のサイズに戻してその場に伏せるとグレンが治癒の術をかけ傷が塞がっていく。仲間、それが居なければこんな無茶は出来なかった。いつの間にか仲間が治療してくれる事を考えていたようだ。それはともかく傷を癒され、立ち上がるとようやく倒した獲物を味わえる。




「やれやれ」

 ジノはレッサードラゴンの尾を噛み千切り、焼いて食べ始めた。傷を癒したばかりでまだ体力は戻っていないはずだが、血塗れのままで食らいつかなくてもよいだろうに。足音に振り返り標的を目にするが、ジノはそのまま動く気配がない。手を貸す必要だと思っていないのだろう。

「オーガとオーガ亜種の二体か、余りいい獲物ではないな。ジノ、こいつらは譲ってもらうよ」

オーガ*********
体長3~5mからある緑や赤肌の角を持つ人型の魔物。
皮膚は硬く怪力な上にあらゆる状態異常に対して高い耐性を持ち、Cクラス冒険者単独討伐は難しい。
酒に非常に弱く、飲んでいる間は敵意が消える為逃げ切るだけなら酒があるなら楽。
飲み比べに勝つと契約出来る事があり力の加護を得られるが、勝つ事は非常に難しい。

オーガ亜種
体長3mの3顔と6腕を持つオーガの亜種。
男と女の顔が混ざっており、個体別に異なるが、3顔ともに性別が同じな事は無い。
やや知性的であり、酒よりも戦う事や追う事を優先することがある。

オーガ種は血と魔石以外価値は無い。しかしうっすらと光るオーガの魔石は価値が高く、その血は弱った体を癒す薬の材料となる。
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 酒樽を倉庫から取り出すとオーガ亜種に投げつけ、空中を舞う酒樽に目を奪われたオーガに向って走る。こちらに気付き、一瞬遅れて振り上げられた巨大な棍棒の動きは余りにも鈍い。

「ウォーターエッジ ハインドスラスト」

 いくら頑丈とはいえ木製、細い持ち手周辺を狙えば切り落とすことは可能。水流で造られた刃を左腕に宿らせ、手元を狙って放つ事で水の刃が棍棒を切り落とす。そのまま振り下ろされた腕の横をすり抜け、腹部に杭打ち機ブレーカーガントレッドを開放した。強烈な爆発音はあるが反動は殆どなく、腹部を中心に粉砕されたオーガがその場に転がる。予想通り充分な火力を持っている。ここまではこれでいい問題は。

「うぐぉぉぉぉ!」

 樽の酒を浴びるように飲んでいたがオーガ亜種が腹を立て、6本の腕がそれぞれに棍棒や剣や斧を持ちこちらに向ってくる。

「自由な風の精霊シルフよ。気まぐれな風の力を貸したまえ」

ブレーカーガントレットに魔力を込める暇はなく、魔法で対処しつつ左腕を主体で使える武器を取り出す暇を得られればいい。

「ウィンドスラッシュ」

 2つの風の刃が一顔の両目を切るが、余計に暴れ回るだけで失明しておらず対して効果はない。距離を取るように走りながら次の詠唱を始める。

「ダンジョンに喰われし怨霊共よ。いま一度その身を起こす力を貸し与える」

 黒い汚れが地面の一箇所に集まると形を成し始めた。

「スラッシュダンサー ボーンナイト」

 黒い染みが広がるとダンジョンの床から白骨の剣士達が現れオーガ亜種に向っていく。下級の死霊術で弱いが数だけは豊富に踏み出せ、本来の白骨死体ではないため魔法で怨霊に形を与えているのだけなのでもろい。しかし5秒持てばいい。ブレーカーガントレッドの基礎部分をしまうと、ダンジョンの途中で拾った錆て刃の一部が欠けたクレイモアとショートソードを取り出す。相変わらずの金欠病でこんなものしかないが、一撃を振るうには充分だ。オーガ亜種の6腕で振り回された武器にボーンナイトが全て倒され、こちらに向くその表情は怒りはなく、弱い獲物を仕留める為にゆっくりと向ってきた。向けられる敵意に感情が高ぶり、両手で剣を構える。

「さぁ、こちらも準備は出来た。 ご相手願おうか」

 ブレーカーガントレッドも悪くないのだがやはり剣がもっともしっくりくる。切り裂いたり叩き潰すよりも、断ち切る剣技が身に合う。落ち着き構えているとオーガ亜種は6本の腕から振るわれる剣は前方面を全て同時に仕掛けてきた。

「いくぞいくぞいくぞぉぉ!!!」

 恐怖を振り払うように狂ったような声をあげ前に踏み込む。左第一腕と第二腕が持つ斧と剣をクレイモアで受け流し、第三腕の棍棒を右手のショートソードで受け止める。体が軋むが身体強化魔法で耐え、ショートソードは折れたが棍棒を抑える程度は出来た。そして狙い通り大柄ゆえに懐に入り、こちらを仕留めるにはオーガ亜種の手が長すぎ反応が遅れている。ショートソードを捨てるとクレイモアを両手で握り、右第一腕を断ち切る。クレイモアがへし折れもう役には立たないが、これで武器が手に入った。切り落とした腕が持っていた剣を握り一旦距離を取る。大振りで刀身が歪んだ片刃の大剣、オーガにとっては片手で振るう代物だが、人間の私にとっては両手で扱うのが限界だ。オーガ亜種は腕から血が流れているが怒り狂ってはおらず、むしろおごりや油断がなくなったのか鋭い眼光でこちらを睨み、構えらしきものを取りながら腕の出血を止めた。
 戦いの狂気に身を任せ再び正面から突撃を行う。全力で振り下ろした大剣をオーガ亜種は受け止めるが、一本では止め切れず左腕三本で抑えた。かまわず右第二腕と第三腕が腹部と頭部を狙って迫ってくる。

「アースウォール」

 左側面に石と土で作られた壁が構成され、剣と棍棒が食い込み動きが止まる。受け止められた大剣を引き、胴体を狙って突き出すがオーガ亜種はアースウォール側に身をかわす。視界から右腕が完全に隠され次の一手が読めない。後方に跳ぶとアースウォールが棍棒によって砕き散らされ、飛び散る土と石の破片が身に叩きつけられるが構わず剣に魔力を流す。訓練用のもろいツーハンデットソードとは異なり、がんがん魔力を流してもなんなく受け止め、大剣が戦いの邪魔にはならない。

「バスターウェーブ!」

 横薙ぎに放たれた破壊の波動はオーガ亜種の腕を破壊し、体をばらばらにしたあとは壁を僅かに抉った。大きく息を吐くとその場に座り込み呼吸を整える。兄には簡単に破られたがB級の魔物ならやはり効果は十分過ぎるほどあるのは分かったが、ここまで剣に影響されていたとは思わなかった。まだ握っている剣を見るが、一度は耐えてはくれたがすでに芯にダメージが入っておりこれでも万全ではない。

「・・・・・・これではダメだ」

 戦の狂気に酔ってしまい、理性を中核に置いた戦いをする事ができなかった。前世と同じ恐怖や狂気に振り回されていたらきっと後悔する。まだ10歳の頃、何度か戦いの狂気に侵され兄と教育係に襲い掛かり怪我をさせてしまった事がある。正気に戻った後の後味の悪さは酷いものだ。大きく深呼吸をして心を落ち着かせ、オーガ亜種を倉庫にしまうと自らの傷を癒し立ち上がり次の敵を求めて移動する。