王都から全力で走って4日、北西にある巨大な湖畔に到着した。かなり遠いが海まで巨大な川が続いており、川を遡上してくるかわった魔物も幾らか確認されているそうだ。

ヴァダー湖畔の町ゴドラ
 ハーミットクラブやスライムなど衛兵の巡回で事足りる魔物などが多く、危険な魔物も季節を除けば出現する事がないため観光地であり貴族達の別荘も多くある。湖畔はシーサーペントの繁殖地でもあるため、湖畔の中央に近づくことは禁じられており、命の保障はされていない。一方でシーサーペントが居る事から鈍感なハーミットクラブやスライムのみが生息する安全な場所でもある。
 泊まるのはギルドに隣接する宿 スルン。木造の少々古びた宿で、入り口近くにある食事テーブルに座っている冒険者も少ない。一応愛想よく受付テーブルの向かいにはふくよかな女性が立っているが、やはり王都などに比べると服装など色々違いがある。

「一人と一従魔泊まりたいのですが、一室空いてますか」

「一泊900フリス、朝昼夜、どれも一食300フリスだよ」

「10日ほど先払いで支払います。夕食のみ御願いします」

「先払いだと泊まらなくても金は返さないけどいいかい?」

「それでも構いません。10日分部屋を御願いします」

 宿屋の部屋を確保したあとはギルドに寄らず、翌朝から湖畔を回ると水棲生物とスライムをちょくちょく見かける。湖畔を回りながら、ここに来て始めてみる魔物が水中から姿を表した。カニ型の魔物 ハーミットクラブ、大きさは大人の半分ほどまで大きく堅い甲殻は加工品としても売られ、身は食料としても買取がされている。

「せっかくだ、今回は売らずに食べようか」

「さんせー!」

「半分は夕食にとっておきましょう。 カニ鍋というものも食べてみたいですし、早めに戻って宿屋で調理してもらうのもいいですね」

 カニ鍋は良いのだが、人の半分ほどあるでかいカニを鍋にするのはかなり無理があると思う。足一本も携帯用の鍋に入る気がしない。

「それなら冷却して倒そう。 アイスジャベリン ショット」

 2m程度の氷の槍を3本作り出す。放たれた氷の槍の2本は爪で砕かれたが1本が胴体の甲殻を貫き地面に倒れた。敵としてはCマイナスもしくはDプラス程度だろう。こちらから襲わなければ温厚で被害も殆ど無いのだから簡単な相手に間違いは無い。

「足3本はこの場で焼いて食べてみようか」

 近付いて足3本を引き千切り、少し出てきた身に触れてみる。堅過ぎず柔らか過ぎず、煮ても焼いても美味そうだ。1本でも全長2m、太さも大人の腕くらいある立派なもので食べがいはある。5分割して火で炙ると美味そうな匂いが漂ってくる。観光地である為焚火をするのは禁じられているが、魔法の火で焼くのは禁じられていない。後始末をしない冒険者がいた為の処置のようなものだ。久しぶりの外での食事、湖畔から聞こえる波の音がなんとも心を安らがせてくれる。
 ジノはまるまる一本殻ごと、5分割したものをエルとリーアナと分けて食べる。エルは、焼き上がったカニの足に入りながら食べるのは行儀が悪すぎじゃないだろうか。

「グレン、塩頂戴」

 殻から半身だけ出しながら片手を向けている。塩を一つまみ渡すと再び殻にもぐりこむ。ここまで来ると行儀が悪いではなく豪快と言った方がいい気がしてきた。

「私には果汁を下さいな」

「レジの果汁でいいかな?」

「それでいいです」

 半分に切ったレンジの身を握りつぶし、コップに果汁を満たす。後でエルもほしがるのだから多めに作り、冷気で果汁をほんの少しだけ凍らせ冷やしておく。

「それでは頂きますね」

 コップから必要量だけ果汁を自らのコップに移し飲み始める。皆が一応に満足するまで食べた後、匂いに釣られてきたのか真っ黒いスライムが少し離れた場所に居る。それもその辺の青や緑と違って透明度も低くコアが殆ど見えない。ただ知性があるのか突然襲い掛かってこず、離れたところでこちらをじっと見ているようだ。

「エル、あれと契約は出来そうか?」

 少しスライムをじっと見ているようだが、僅かながら交互に魔力の流れがあり何かはなしをしているようだ。

「えーと、たっぷりの栄養がある物と交換みたい」

 意外と簡単なものだ。確かにスライムにとって普段の食料は動物の屍骸や草木が主流となる。それ以上の栄養ともなれば偶然に頼るしかないはずだ。焼いていたハーミットクラブの足の一部をつかみ、目の前に投げると上に飛び乗り消化液を出して吸収し始めた。満足したのかスライムの体から一部が小さく分裂し、こちらに近付いて着たので手に掴むと溶け込むように消えていく。

「契約成立だってさ。 グレンが知らない事でスライムと対話もできるけど、対話できるだけで敵対したままだって」

 スライムとの対話が可能、そんな事本には載っていなかったが、もしかしたら獣魔の本には書いてあったかもしれない。

「これで一応の予定は終わってしまったが、2日くらいはのんびり食事をしていこうか」

 ここは貴族の避暑地であり観光地のようなもの、食べ物も豊富で水棲生物を使った料理は王都ではほとんど味わえないものだ。目に着く店で持ち帰りで買っては食べながら歩き、食べ終えては次の店で買う。
繁華街を半周したところで満腹になり、のんびり歩いていると武器屋の横に置かれている巨大な物体に目が留まり、近くでじっくり見てるとなおさらその異形さが伝わってきた。全長2mの巨躯の鉄塊、なんというかそれ以外言いようが無い。刃は随分甘く造られており、鈍器と剣の中間的存在だろうか。長らく風雨に晒されて表面は錆びてはいるが、欠け落ちているような箇所はない。

「そいつが気になるかい?」

 かなりお歳を召した女性が店の奥から出てくる。

「でかいだろう? 旦那が城を壊せる剣を作ろうとして、出来たもんなのさ。 名前は バッテリングラム」

「城を破壊するとは凄い目標ですね。何本か売れたんですか?」

「一本も売れとらんよ。今じゃ看板代わりじゃな」

 笑いながら剣を叩いているが、どこか悲しそうに懐かしそうに剣を見上げていた。

「婆ちゃん、店の前でなにやってんの。 あ、お客さんですか」

 店の中から40歳くらいだろう男が出てきた。状況から見て今の鍛冶師もしくは店主だろうか。

「少しこの武器について話を聞いていました」

「いやぁ こんな看板にもならない代物、年寄りの与太話につき合わせてすみませんね」

 僅かながら顔に共通点が見られることから息子なのだろうが言い方が少々癇に障る。いままで使い手が居なかっただけで、この武器のつくりはかなり良いものだ。一言言おうかと迷っていると湖畔の方で騒ぎのような音が聞こえ、警告の鐘が鳴り響く。

「シーサーペントが出たぞ! 戦えない奴は湖畔から離れろ!!」

シーサーペント***********
全長3~9m程度の海蛇。鱗は硬く特別な力などないが単純に力も強いB級クラス魔獣である。
綺麗な鱗は美術的価値が高いが加工に難があり、武具としては余り使い道が無い。
基本的にこちらから仕掛けない限り温厚ではあるが、卵を産んだ直後は飢えて凶暴であるため非常に危険である。肉は珍味として有名であり、海と僅かしか面してない王都ではほとんど出回らない。
ヴァダー湖畔まで遡上し、卵を産む繁殖地となっている。
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 湖畔に視線を向けると5m級だが5体のシーサーペントが現れ町に向ってきている。警報を聞いた冒険者や兵士達が湖畔に向っていくが数が少なく、産卵の季節ではないためB級冒険者や騎士団員も居ないようだ。

「この武器、借ります」

 大物狩りに向いたブレーカーガントレットがあればいいのだが、まだ新造中で出来上がっていない。魔法を使うには人目が多すぎるし、5匹ものシーサーペントを仕留められるだけの魔法を使うには時間がかかりすぎる。柄を握ると店主だろう男は驚いているが、今はこいつを借りる以外大物を仕留めるには手間がかかる。

「お・・・おい、そんなもの使い物に」

 両手で握り力を込める。力任せに地面から引き抜くとその重量に体が振り回され、担ぐだけで体が潰れそうだが扱えない重さではない。引き抜いて確認すると手持ち部分とあわせて2m半もある大物だった。

「やるぞ ジノ。 今夜は珍味と聞くシーサーペントの肉三昧といこう」

 その言葉と同時に4体に分身したジノが高速で襲い掛かり、もっとも奥に居たシーサーペントに食らいつき血が噴出している。身体強化魔法を使わないで動きを目で追うのが随分と難しくなってきている。

(また強くなったのか。これはそろそろ下克上を挑んでくるか?)

 狼種は従属しているように見えて時が着たら再度挑んでくる。ジノは別に従属しているわけではないが、仲間とはいえ挑んでこないわけが無い。

「さて、2人とも気をつけてくれよ」

 20人近い冒険者が1体のシーサーペントに、徐々に集まってきているが15人近い衛兵が2体のシーサーペントを、そして一体をジノが食らい着いているが、残り一体が町に、こちらに一直線に向ってきている。誘き寄せるために昨日倒したハーミットクラブを置いたのだが、その効果は良いらしく大口を開けて飲み込もうとどんどん近付いてくる。上段に構え、先端が背後の地面に接触。気合と共に振り下ろした巨剣バッテリングラムをシーサーペントの頭に叩き付ける。鱗を砕きほんの僅か骨に食い込み、それと同時に刃の抵抗が無くなり頭骨を砕き地面に到達した。頭部を真っ二つに切り裂かれ、絶命したシーサーペントの頭から引き抜き剣を確認するが歪みも刃の欠けも無い。

(良い武器だ。使いこなせる気はしないが、今は助かる)

 魔法剣で戦うのは無理なのが分かっていたため勝手に借りたが良い武器だ。たった一振りしかしていないが、純粋な力に溢れどんな無理にでも耐え切ってくれる信頼感を与えてくれた。亜空間倉庫に倒したシーサーペントとハーミットクラブを入れ、まだ戦闘が行われているジノの方に向う。余りの重さに身体強化魔法を使わないと走れないが、他のシーサーペントが暴れまわる場所は近い。

「ジノ! 手を貸そうか!」

「フヨウ!」

 1体が隙を突いて首元に噛み付くと次々首に噛み付き、肉を噛み千切り骨に変わっていく。それまで無傷で他の場所に噛み付いていたのは首から意識を完全に離すためだったようだ。

「アズカッテクレ」

 口元からだらだらと涎が出ているが、どうやら食いちぎった肉も美味しかったようだ。ジノが倒したシーサーペントも倉庫に押し込む。

「さて、残りは3体か」

 どこも苦戦しているようで一体も倒せては居ない。けが人が出る程度で済んでいるだけまだいいのだが、このままだと何名かは重傷者もしくは死者が出るかもしれない。

「手を貸す必要はあるか?」

 手を貸すにも冒険者には一応のルールがある。先に戦っているのを横から攫うように倒すのは良く思われず、のちのちの取り分の話でもめてしまうために避けたほうがいい。後方で指揮らしきものを取っているらしい男に声をかける。

「頼む! 俺達じゃ荷が重い!」

 荷が重いといっても、C級の集団で囲めばB級くらい倒せるはずだが、誰一人手馴れたまとめ役がいないのか。単独戦闘ばかりで連携を取らない私が言うのもなんだが、それはちょっと冒険者として不味いのではないだろうか。

「取り分は2人分追加だ」

 剣を持って前に出るとジノも続いて前に出る。

「ジノ、分け前は折半でいいか?」

「ソレデイイ。ソチラニユウドウスル」

 分裂もせず高速で近付くと頭部に噛み付苦とすぐ離れ、怒ったシーサーペントはジノを追ってこちらに向ってくる。手を抜いているようだがこちらも楽できるのだから文句は言えない。再び横に振りかぶり、大口を開けて真正面から向ってくるシーサーペントの口から体の中頃まで切り裂きその動きは止まった。

「おい、あれ武器屋の看板じゃねぇか?」

「武器だったのかあれ」

「一撃でシーサーペントを、どんな筋力と身体強化魔法使ってんだ」

 看板とか身体強化魔法がどうとか雑音が聞こえるが構うつもりは無い。今回は身体強化魔法を使ってはいないためにかなり全身に負担が掛かったが、大きな予備動作さえあれば扱えなくは無い。結局は体と技の鍛え方次第ということだ。

「こちらは片付いたぞ! 怪我した冒険者は治療するから集まってくれ!」

 衛兵達の方も討伐したらしく戦闘は終わった。冒険者と衛兵に怪我人はかなり出たが、重傷者や死人は出ておらず町にも石畳が幾らか壊れただけで一応の影響はなかったようだ。

「勝手に借りてすみません。手持ちの武器が無かったもので」

 店の前には驚いて何も言えずに居る男と婆さんが私ではなくじっと武器を見ている。

「あんた・・・・・・それが扱えるんだねぇ。そいつは良い武器かい?」

「良い武器ですよ。見てのとおり頑丈なシーサーペントの頭を無理やり叩き切っても、歪みも刃こぼれもありません。少々表面のさびは落ちちゃいましたが」

 錆が落ちた箇所からは金属が鈍く光りを放ち中は錆びていない事を伝えていた。

「そうかい・・・・・・。ありがとうよ」

 お婆さんは少し涙ぐんでいる。息子でさえ武器として認めず、長年放置されていた代物。それを良い武器だと認められたことが嬉しいのだろうか。

「看板なのは重々理解していますが、この剣を譲って頂けないでしょうか」

 全身を鍛え込むには充分過ぎる重量をしている。筋力と体力だけを鍛えるのには適しているし、何よりも砕ける心配が全くないというのが素晴らしい。

「旦那は生前扱える奴にただで譲ろうとしてたんだよ。 あんたは扱えたんだからあんたものだよ」

 今手持ちで自由に扱えるのは200万フリス、鉄だけで作られ付与も何も無い武器として破格かもしれないが。

「霊前に供えてください。 良い武器を作ってくれてありがとうございます」

 100万フリスを渡し丁寧に頭を下げる。実際には広い場所でブレーカーガントレットを使わないという条件下でしか使うことはない。だが鍛錬で使うには充分過ぎる。
 その日の夜、新たに倒した2匹ハーミットクラブを担いで一人湖畔に潜る。水魔法で呼吸に困ることはない。ゆっくり泳ぎながら湖畔の中央付近につくと、そこでは10mあるだろう一匹のシーサーペントの卵を護っていた。卵の数は遠めに見て20~30程度、季節から少々外れているが、卵を産んだ直後の飢えで暴れていたようだ。いずれこの多くの卵が孵った後は川を下り、数年すればこのうち何体かがつがいとなってまた川を上り湖畔に戻ってくる。それまでこのシーサーペントが縄張りである湖畔を護り続けるはずだ。こちらに気付いたのかゆっくり向くとそれ以上近付くなと警告しているように睨んでいる。気になって結果が分かり、戦わずに済むよう2匹のハーミットクラブを置き、静かにその場から離れる。