治癒術に関する得た知識を実践することで理を実にすることだが、ダンジョンで無差別に治療を行うのは妙な噂が立ちかねないし、態々怪我をして治す様な真似をするつもりもない。貧民街で治療を施すのも良いかもしれないが、妙な噂になったり取り巻きや宗教団体にかかわりを持ちたくはない。妥当なところが怪我の酷い奴隷を安く購入し、治療したあとは何か雑用させるか自由にするのがよいだろうか。

「あたしが選別するよ。 心を見れば分かるし」

 エルとリーアナは相変わらず思考や心を読むことに躊躇が無いが、話す手間が省けるのは助かる。

「どちらにせよ練習しない事にはどうにもならないし、明日一緒に行こうか」

 翌日、フード付きのローブを纏い奴隷街に赴く。相変わらず奴隷街では虚ろな目をした者達が檻に入れられ、時には道行く人々に自らを売り込んでいる。

「おや、お客様ですか。また奴隷をお探しで?」

 外れ近くまで言ったところでやや恰幅の良い男が店の入り口から出てきた。記憶にないのだが相手の奴隷商はこちらを知っている。可能性があるとしたらラクシャの二人の件の時か。

「突然失礼いたしました。私は奴隷商のサバスと申し、以前欠損奴隷をお売りいたしました。その後お二人を治療されたと聞き及んでおります」

「治した事が伝わっているとは、随分耳が良いのですね」

「ほとんど知られては御座いません。私が管理しておりましたので、その後どうように扱われたのか確認しておりました」

 商品の追跡調査、妥当な言い分だが油断はしない方がよさそうだ。ローブの下のエルも余り良い顔をしておらず、裏切りはしないだろうが信頼は出来そうにない男のようだ。

「この度はどのような奴隷をお望みでしょうか。当方であればお客様の満足できる奴隷をご用意いたします」

 裏のある商売人特有の笑みは浮かべていない。むしろ商売相手として何か利を得ようと考えている、そんな力のこもった目をしている。

「・・・・・・治療魔法の実験に適した奴隷を探している」

「そうでございますか。該当する奴隷が5名ほどいますので奥の席でお待ちください」

 数分して目の前に並ばされた奴隷は皆少なからず怪我をしているが、どれも軽い怪我で重症と言えるものではない。ただ他の奴隷商人の奴隷達とは異なり、疲れや若干の栄養不足な様子はあるが虚ろな目をしてはいない。どうやら他の商人と比べてまだましな扱いをしているようだ。

「もっと重いのは居ないのか? これでは練習にはならない」

「一人だけ居りますが、以前と同じ損壊奴隷で御座います。 元々調度品奴隷ですので余りにも」

 渋る奴隷商に分かるよう5人の奴隷の方に片手を向ける。

「ウォーターヒール」

 奴隷達に薄緑色の液体が纏わりつき、腕や足についていた裂傷が消えていく。その様子を見て奴隷商のサバスは驚いているが、中級の治療魔法で大したものではない。慈善行為をしている治癒術士や神官なら扱える程度のはずだ。

「見ただろう。これでは練習にはならない」

「・・・確かにそのとおりで御座います。 すぐご用意致しますのでお待ちください」

 数分して次に連れて来られたのは頭までローブを纏い片足も無い女の子だった。

「こちらは元調度品奴隷で御座います。詳細をご説明いたしますのでそのままお座りになってお聞きください」

 調度品奴隷は犯罪奴隷とは別の分類に当てはまる。奴隷同士の子であったり元孤児や貧民街で親に売られた子供が殆どで扱いは一般奴隷となる。一般奴隷は借金奴隷とほぼ同じ扱いであり、自由になるには相場たる金額の半分以上を所有者に支払うか、もしくは所有者が自由を認める事で開放される。調度品扱いの奴隷は見た目も良い幼子が選ばれ、きっちり礼儀作法など教育を施され最も高値がつく16歳ごろ売り払われる。美男美女であればそういった趣味趣向をもつ貴族や商人いるため、幼い頃から才がありそうな子に芸と外見を磨き上げるそうだ。奴隷商サバスの話では持ち主である先代商人が死んだ途端、奥方が調度品として扱われていた奴隷達を殺そうとし、家を出ていた息子がたまたま戻り気付いて止めるまで4人が死にこの子だけ生き残ったが重症だった。高額の罰金や教育などにかけた損害などで家が傾いたが、長い付き合いもありただ同然だが損壊奴隷として格安で引き取ったそうだ。

「法を違反するとは面倒な事だな」

「奴隷にも権利が御座います。それを破る事は商人としてもあってはならぬことです」

 どうやら奴隷商人とはいえしっかりとした考えを持っているようだ。確かにこの店にいる奴隷は通り沿いにあった他の店とは奴隷達の扱いが異なるように見える。

「問題ないよ。この子随分意思が希薄だけど裏切るような気質じゃない」

 エルが心を読み、問題ないと分かればこの子で良い。意思が希薄なのは調度品だった為か、それとも元からなのか判断がつかないが問題ない。

「その子で良い。それと馬車を呼んでくれ」

「承りました。契約の準備をいたしますのでお待ちください」

 価格にして35万フリス、調度品奴隷なら本来は最低でも600万フリスはするそうだが、損壊している事で大幅に落ちたそうだ。そして5人の怪我をした奴隷を治したサービスも含まれているという事だが、あの程度の治療で恩を売れたとは思えない。後々の縁を残しておきたいのだろう。

「それでは契約の印を刻みます。 こちらの印章に魔力をお流しください」

 支払いを済ますともろい素焼きの陶器で出来た印章が用意された。一回限りで砕け再生できないように出来ているのだろう。魔力を流すとサバスは印が常に見えるような位置に立ち、奴隷の右手に押し付ける。禍々しい気配が印から噴出したあと粉々に砕け散り砂になっていく。呪印が手に刻まれ契約は完了したようだ。

「これで契約完了で御座います。また御入用でしたら当店にお任せください」

 店の前に止められた馬車に乗り込むと奴隷商のサバスは丁寧に頭を下げ馬車を見送った。