5日後、急いで仕立てた正装に着替え、王都の貴族街にあるサターナ家を尋ねた。王都内にある貴族の屋敷だけあり、一応庭園はあるがそれほど広くなく、領地持ちと違って屋敷もソーディアン家の半分以下だろうか。

「当家に如何なる御用でしょうか」

 門番が一人だけとは、安全な貴族街とはいえ余りにも無用心だと思うのだが、周囲の家を横目に見るとやはり同じように一人か二人程度、領地貴族の門番のように小さな一軒家と共に10人近い兵が警邏しているのとは違うのだろう。

「私はグレン・ソーディアン。セディハルト・レオハート・アルゼ・ヴァイカウント・ソーディアンの息子です。サーシャ・サターナ様からご依頼を受け研ぎ直した短剣をお持ちいたしました」

 昨夜のダガーが箱に収められているため、サーシャが見れば誰が尋ねてきたかわかるはずだが、相変わらず一人で尋ねたため門番はこちらを苦い顔をしている。同じ子爵家の兵士さえこのような表情をするようでは、従者や側仕えが居ないのは貴族として不味そうだ。
 少しして執事に案内され、屋敷に入ると外側と違って中はしっかりと装飾がなされており、やはり交流というか貴族同士の駆け引きを行うためそのあたりに注意を払っているようだ。

「ようこそ。グレン・ソーディアン様。 私の不手際に対して感謝のお礼申し上げますわ」

 通されたのは応接間、丁寧に頭を上げたセレスティーヌの顔に昨日の面影はほとんど感じられない。それに執事やメイドの動きに私以外に警戒が向けられていない所から考え、名も知らぬ冒険者を殺した事には気付いていないようだ。

「まさか訪ねて来られるとは思いませんでしたわ。いかなる御用でしょうか」

 手を添え優雅に首をかしげる姿は貴族の子女そのもの。血で酔う殺人鬼とは到底思えないのだが、出血し過ぎた影響らしく顔色は悪く少々青白い。何よりも身動きにくい貴族特有の服装、体を固めるコルセット等に窮屈さをかなり感じているようだ。

「先日の本題ですが、名を棄て家を出れば少なくとも結婚を強いられることはありません」

 名を棄てる。貴族のすべての権利を放棄し平民に落ちるということだが、これを選ぶ貴族はまずいない。貴族としての暮らしと平民の暮らしは余りにも落差が大きく、不自由だとしても貴族であり続けた方がましだ。

「・・・・・・そのような方法存じませんでしたわ」

 口元を隠しながら驚きの表情を浮かべ、何故そのことを教えなかったのかと視線を執事に向ける。
 自ら立場を選ぶために貴族の子なら両親や教育係から教えられるはずだが、それさえ教えられていないとはよほど娘を嫁がせたいのか。しかし当人は名を捨てることはさすがに躊躇しているようだ。冒険者として小さい頃から鍛えられている私や兄弟と違って、王都内で貴族として育てられてきたのなら平民の暮らしは余りにも辛い。下級貴族でも風呂も当たり前のように入れるし、食事も平民に比べてかなりいいものになる。並みの平民なら良くて公衆浴場、最悪タオルで体を拭く程度になるだろう。

「もしくは、王都戦士養成学園に入学し、賞金首を主に狙う冒険者になることです。また学生の間は国の管轄下に入るため結婚を強いられる事もありません。その二つが結婚をしないもしくは延期させる方法になります」

 ダンジョンや魔物の数が他国に比べて多い王国にとって重要なことは、貴族の数を増やす事ではなく戦える者を増やす事、そしてそういった者の中から必ず何割か現れる犯罪者を処罰する者も大事な役割となる。
 私はやや護衛など戦闘よりの冒険者だが、罪人狩りを主に標的としている冒険者も居り、賞金首ハンターとも言うが危険ゆえに報酬も国の評価も高い。そして殺人を楽しみたいというなら、騎士以上に適した仕事はない。騎士とは異なり賞金首ハンターの相手は人間のみなのだから。

「中途入学試験は少々難しいと思いますが、先日の行動から問題はないと思います。学問に着きまして元より貴族ですので容易かと思います」

 ぼんぼんの馬鹿貴族でもない限り、あの試験内容からして難しくはない。嫁にされかねない現状ならかなり全うな教育を施されてるだろうし、何より私から見ても立ち振る舞いからきっちり教育がなされているとわかる。

「とても良いお話有難う御座いました。それではお仕事については文官業務と考えてよろしいのですか?」

「普段文官の仕事を御願い致します。領地貴族出の私ではどうも疎いようで、門番にも苦い顔をされる始末でして」

 苦笑しながら伝えると、口元を隠しながら微笑する様子はどうみてもまともな貴族の淑女以外には見えない。少なからず冷静なときと血に酔ってしまう時の差があると見たほうがいいのだろうか。なんにせよ読めない内は警戒を解くわけにいかなさそうだ。

「わかりました。それでは契約書は明後日に用意しお尋ねいたします」

 サーシャがテーブルに置かれていた鈴を鳴らすと侍女に出口へと案内される。手土産だろう小さいが高価な布を渡され、これが側仕えを持つ貴族の本来のあり、誰も連れずに一人で行動する私が非礼であり問題があるという事が分かってしまう。手土産の一つでも用意すべきだったと後悔しながら帰路に着いた。

 二日後、昼が過ぎた直後にサーシャが側仕えを伴い訪ねてきた。さすが文官の貴族、情報網によって私が住んでいる場所も大まかな行動も調べ上げたのだろう。これが私に欠けている点、<情報網>を持つ貴族そのものの力。

「応接間も道具もありませんし、側仕えも従者も一人も居ないのは問題ですわね。装飾品も余りにも足りませんし、貴族を招ける環境では御座いませんわ」

 部屋を見て早速ダメだしされてしまったが、それに気付ける存在が居る事は大変ありがたい。

「四日前に破産した商人がいますので、使えそうな者を側仕えとして何人か雇い入れましょう。予算はかかりますが、少なからず会談が行える程度まで整えるべきです」

 次々とチェックされ側仕えによって記載されていく必要物資の数に少々頭を抱えたくなり、金額を見て血の気が引いていく気がした。総額約280万と現在貯蓄している予算を60万ほど超えている。

「・・・・・・数日ダンジョン22層に篭るか」

 貴族がどれだけ金をかけてお互いに交渉しているのか分かった。根回しに金と権利と権力を使用し、交渉を有利に行い人を動かす。少なからず私も交渉に立つ必要性がある対象と思わせるだけの準備が必要と言う事だ。

「予算が出来ましたらご連絡ください。私も要件を済ませなければなりませんので、10日後など如何でしょう」

 10日、兄の依頼を考えれば充分余裕はある。

「それでは10日後までに予算は用意しておきます。 ところで要件と言うのは編入の件ですか?」

「えぇ、試験が7日後にありますのでそちらの用意があります」

「試験官を痛めつけ過ぎないようにお気をつけください。あくまで試験ですので」

「心得ておりますわ。 まだ先ですものね」

 にこやかな笑みを浮かべているが、その目はあの夜のように血への飢えが僅かながらに見える。もう血を見ないで生きる事は出来ない所まで到達してしまっているようだが、その狂気を満たせる者を欲し、恐らく私を嗜好な獲物として、そして衝動を満たせる環境を作り出せる相手として見られているようだ。最悪満たせなければまた襲い掛かってきそうだが。
 翌日から私とジノ、ラクシャとリヒトとナルタの二手に別れダンジョンに潜っているのだが、予想よりも魔物が多くて稼げている。いや、予想以上に魔物が多すぎると言ったほうがいいだろう。もしかしたら20層から階下の間引きが足らず魔物の氾濫が近いのかもしれない。