久しぶりに剣の修行をつけている弟は長らく見ない内に随分と強くなった。驚くほどに剣の腕は伸び、打ちこみの速さと重さは尋常ではない。気勢を削ぎ力の入りにくい体勢に追い込んでいるというのに、油断すれば受け流す事が出来ずに力でねじ伏せられてしまいそうだ。

「どうしたグレン。 それで精一杯かい?」

 出来るだけ余裕の笑みを浮かべ、剣を押してくる弟に問いかける。

「これから全力で行きます」

 余裕のある表情ではない。戦いに身をおく者としてはそれくらい隠して欲しいものだが、まだ未熟と言ったところか。半身だけ身を下げると力任せに両手剣を打ち上げ弟は距離を取った。弟に剣技を教えたのは私と教育係の二人、グレンは隠そうとしているが僅かな予備動作で二手三手と先を読めば受け流すのは難しくは無い。


 いまから10年以上前。
 6歳の頃を境に記憶の混濁と共に発狂しかけた弟。子爵になったばかりの両親によって離れに追いやられたが、私と私が雇った教育係と共に必死に抑え教育し続けた。グレンも私も祖父によって連れられた孤児。本当の両親を知らない同じ境遇もあり手間を掛けさせられたが、赤子の頃から一緒に居た大事な弟だ。
 特に酷かった8歳の頃は恐慌状態に陥りながら知らない剣技・知らない魔法を使用して暴れる弟、抑え込むのに何度か死ぬ思いもした。それでも諦めず少しずつ落ち着き始め、9歳になる頃には問題が無い程度になった頃には本当に大切な弟となった。
 今も5割程度に抑えているとはいえ急所を狙った突きを重い両手剣で受け流し、視界外に入りながら斬りかえしてくる。正当な騎士の剣技と異なり見知らぬ実戦主体の技で実に楽しい。何度も剣撃を繰り返していたが、騎士や文官達が集まりだしている。弟の強さを理解させ無理やり騎士や護衛に取り立てられるのは避けたい。弟は誰かに仕えさせず自由のままでいさせてやりたいからだ。

「さぁ、兄さんに2年の成果を見せてくれ」

 背負うような上段の体制、あれでは次は上段からの攻撃を行うと宣言しているようなものだが、何か考えがあるのか。

「バスターブレスト!」

 5つに分裂する破壊の力が篭った凶悪な波動、18歳で祖父の大技まで繰り出してくるとは。

「バスターブレスト」

 同じ技で相殺させ周囲に被害を出るのを防ぐのには成功したが、剣の耐久度を超える魔力を込めてしまい、放つと同時に刀身は粉々に砕け散ってしまった。このまま引き分けにすれば弟は、後ろ盾の無い弟は貴族達によって飼い殺しを狙われ、それに抵抗する事で多くの死傷者がでてしまうだろう。
 とっさに柄だけになった剣を握り締め、接近し額を殴打してしまったが、後ろに倒れて気を失っているだけとは中々丈夫な弟だ。

「アークス様、弟君は随分と腕が立つのですね。ソーディアン子爵家の者は皆あのような強さなのでしょうか」

 弟が帰り執務室に戻ると文官であるカルモが気にしているようだ。準男爵や士爵でもなく、冒険者としても名も無い家から私や弟のようなものが出るのが不思議なのだろう。ソーディアン家は元々冒険者であった祖父レオハートが引き取った子供達を鍛えたのが始まりであり、その中で特に才能が優れていたセディハルトが冒険者として名を挙げ、その後王にランクを捧げ忠誠を誓う事で<ソーディアン>の家名と領地を与えられた。
 それ故にセディハルトの実子であるクロムとセズは特に両親に似ている上にセディハルトの名を継いだが、一族が優れていると問われれば言い切れない。私も弟のグレンも、末妹のシーナもセディハルトと血は繋がってはいない。どちらにせよ祖父レオハートと血が繋がっている者は誰もいない。レオハートの名を継いで居るのはセディハルト、そして実子ではない私と弟のグレン、末妹のシーナだけだ。

 レオハート -------------------------
  Sクラス冒険者 別名 戦神
 どの国にも属さず、独りで依頼をクリアする世界有数の冒険者。60歳以上にもなる。
 気ままに各地を旅し、10を優に超えるドラゴンを剣一本で討伐したことでギルドからSクラスを与えられた。
 国や上級貴族などから高待遇の召抱えや脅迫を受けているが意にも返さず、時には単独で貴族の私兵を殲滅するなど非常に危険な面もある。
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「まだ実力の半分にも満たないだろうが、実に逞しくなった」

「あれで半分にも・・・・・・」

 並みの騎士や文官にとっては驚きかもしれないが、祖父に比べればまだまだ弟は技術も精神も未熟。年齢的にこれからも大きく伸びる可能性を持つ弟に抜かれるよう鍛えなくては。