お互い10mほど離れてから手渡されたのは刃の潰された訓練用ツーハンデッドソード、握りが少々合わない上に少し重く感じるが訓練には向いているだろう。右サイドに構えながら足下を整えいつでも踏み込めるように体勢を整える。一方兄アークスは訓練用ロングソードを右手に持ち中段に構えていた。

「では、いきます!」

 最初から身体強化を4割まで使用、技術面では一切加減せず剣の間合いまで踏み込む。兄アークス相手に加減などすれば一瞬で仕留められる。幼い頃から婿となって家を出るまで一回も勝てたことは無いのだから。
 両手剣による上段からの全力の一撃、しかし涼しい顔で両手剣の先端に自らの剣の中頃をあてると簡単に軌道を変えられ地面にめり込んでしまった。焦る間もなく胸部目掛けて鋭い突きが迫り、体を左にひねりながら剣を引き上げなんとか受け止める。

「勘弁してくれよ兄さん。全力の一撃を涼しい顔で片手いなされたら傷付く」

 少し落ち着いて冷や汗をかきながら兄をみるが、兄は笑顔のままでその余裕が伺える。

「どうした。それで精一杯かい?」

「これから全力いきます」

 5割まで身体強化を施し、さらに左足を半歩引きながら力任せに剣を打ち上げ距離を取る。両手剣の利点はリーチと一撃の重さ。欠点は重いが故に動きに溜めが発生しリーチの長さが原因で剣の軌道が少し限られることだ。
 利点を生かし受け止められる事で力で押し切れるよう腰から胴をなぎ払うように剣を振るうが、最大の威力をはっきする寸前に剣の先端に触れ軌道を上方に曲げられ、体を捻りながら左足の位置を後ろに下げて剣の軌道を立て直し、右上段から袈裟切りに振り下ろすが再び僅かに触れただけで軌道を変えられ地面を抉っただけだ。
 大振りな武器を素早く最大の力を発揮し、軌道を隠すように振舞うにはどうしても全身の体捌きを利用しなければならない。一方で兄アークスは最小の動きでこちらの剣の軌道を変え、その場から一歩も動いては居ない。
 どれだけ技術を尽くしても兄は笑顔で受け止め、それに答えるように鋭い攻撃が返され体を掠め傷が増えていく。こちらの技量をしっかり理解しギリギリを攻め、徐々に早くそして苛烈さを増していく剣撃を避けきれない。体の表面を剣先がかすり始め、服が切り裂かれ皮膚から出血が増える。荒っぽい手段に出ようにも隙が無く、正当な戦闘技術をきっちり治めた同等以上の相手にそんな小手先の手段など通用しない。
 40手ほど打ち合ったところで上着が切り裂かれ一旦10mほど距離を取る。

「まだまだ甘いなグレン」

「これしか良い服はないのに、酷いな兄さん!」

 ぼろきれになった上着を破り捨てると剣を背負うように上段に構える。小手先の技が通じないなら基本中の基本、上段からの攻撃に魔力を込め範囲も衝撃力も増大させる一撃。問題は複数種類がある中のどれが良いかと言う事だ。

「見物人も増えた。終わりにした方がよさそうだ」

 意識を向ける余裕もなかったが、言われて周囲に視線を向けると女の文官や側仕えが赤い顔をして顔を背けたり手で覆いながらこちらを見ている。貴族なら服が破けようが、自ら破り捨てることはしないのだがこれは失態だ。これは早めに終わらせて服を着ないと色々不味そうだ。少し焦りながら兄の方を見るとそんな状況気にしている様子はない。

「さぁ、兄さんに2年の成果を見せてくれ」

 片手で持っていた剣を両手に持ち直し、優しい笑みを浮かべていた兄の表情が真剣なものに変わる。虫や鳥たちの声も途切れ風と遠めに聞こえる作業音以外が消え、静寂によって遠めに観戦していた騎士や文官達が息を飲んだことがわかる。
 暴力的な気迫や恐怖ではなく、研ぎ澄まされ首元に刃物を突きつけられるような感覚に身が冷える。大きく息を吸った後ゆっくり吐き出し、意識を落ち着かせ丁寧に剣に魔力を流し込み大技に備える。兄も私も剣は訓練用の借り物、質の悪い鉄拵えで耐えられる魔力に差はほとんどない。むしろ大物な分少しはこちらが上だろう。

「行きます!」

 剣士や騎士なら斬撃や衝撃を飛ばすのは一般的。剣に流し込んでいた魔力に滞りを感じ、剣の限界が来たと判断し上段から大きく振りかぶる。

「バスターウェーブ!」

 最後に発動詠唱を加え、魔力の斬撃を5に分裂させ多方向から兄に向っていく。祖父から教わった遠距離攻撃の中では大技で魔力消費も大きいのだが、威力もまたそれに比例し斬撃・衝撃の混ざった5つの波動はレッサードラゴンなら竜燐を砕き怪我さえ負わせる事も出来る。

「バスターウェーブ」

 気合を入れて放ったというのに兄アークスはいとも簡単に同じ技で相殺してしまう。だが兄の剣は魔力に耐え切れず砕け散り、こちらはヒビこそ入っているが折れてはいない。予想とは少し異なるがこれで有利に立てたと思った瞬間、折れた剣を構えた兄が眼前に迫り剣の柄で額を殴打され意識が持っていかれる。
 意識を取り戻し目を開いた先では笑顔の兄がこちらに手を差し出していた。元から相殺を考え、折れた剣で私が油断した所を組討ちで仕留めるつもりだったようだ。

「強くなったな。グレン」

 すでに傷を神聖魔法で癒してくれたのか額も斬られた痛みもない。全てに置いて目標に出来る兄、誰に対しても誇れるのは弟して嬉しいもの。どこまで追いかけても追いつけないのは辛くもあるが、やはり兄には目標であり続けて欲しいと願ってしまう。

「やはり兄さんには敵わないよ」

 服こそ少々汚れているものの疲れの見えない兄にはまだ届きそうにも無いが、いつかは超えたいと考え兄の手を握り立ち上がる。一応及第点だったのか笑顔を称える兄の機嫌はよさそうだ。

「よし、それではがんばった弟に手料理を振舞ってやろう」

「いえ、食事は遠慮しておきます。服もありませんし、依頼の事を仲間に知らせて準備もしないといけません」

 うっかり忘れていたがひとつだけ目標に出来ないところがあった。兄は料理も下手だし何を食べても美味いという味覚音痴。冒険者や遠征する騎士としては味覚音痴は良いことなのだが、その割りに料理が好きだという問題点がある。まだ実家に居たころは逃げ損ねた妹と共に何度も手料理を食べさせられ、いま思い出しても気分が悪くなるほどトラウマとなっている。

「そうか・・・・・・。残念だが手料理は今度にしておこう。服については騎士団の訓練着を着ていくが良い。返却は不要として処理しておく」

 気を失っている間に用意されていたらしく、側仕えだろう男の文官が訓練着を持っていた。この手回しの良さが上級貴族としての手際なのだろうか。

「助かるよ」

「一月後、迎えに見習い騎士を向わせる。 従者を連れる様考えなさい

 従者、どうやら作法に詳しい者を一ヶ月以内に用意しなければならないようだ。