追いついた場所は草原だが、視界に入ったのは待ち構える部隊ではなく死体が転がっているだけだった。一人だけ残っている者がいるがたしか副長と呼ばれていた男だ。仲間割れとも思えず口封じを行ったと考えるべきか。

「エル、リーアナは離れていてくれ。 転生者ならまともな戦いになるとは思えない」

 静かに伝えると空を舞い上がり離れていく。一度なんの精霊か聞いてみたいところだがそれはあとまわしだ。

「貴殿がマッドネスの副長で、間違いないだろうな」

 バスタードソードを倉庫から取り出し右手に握る。安物で少々不出来なものだが、比較的分厚く丈夫な代物で何本か購入しておいたものだ。
 こちらの声に気付いたのか、ヘルムを脱いで振り返った姿は黒い髪と濃い茶色の瞳、彫りのやや浅い顔、魂の記憶の片隅に埋もれかけていたが確実に日本人だ。

「やぁ こんにちは。 私と同じ転移者だね」

 転移者、転生し赤子からやり直すのとは異なる者。転生者と異なり成長過程によるこの世界の常識を何も知らない故に柔軟な発想と世界を破壊しかねない知識を覚えているということか。

「君は、日本人か。何年から来た」

「あぁ、やっぱりそうだ。君はどこだい?」

 もともとは日本だったはずだが、おぼろげな記憶しか残っておらず確証は持てないのは悲しむところだろうか。

「私は余り覚えていないのだが」

「なんだ。記憶がないなんてつまらない・・・・・・なぁ!」

 僅かな動作で転移者が立っていた場所から眼前まで一気に迫る。団長だった男と似たような事が出来るだろうと予測していた為、余裕を持って振り下ろされる剣をバスタードソードで受け止めたが酷い軋み音を上げ、ロングソードやショートソードでは剣ごと真っ二つにされていたかもしれない程重い一撃。魔力の流れがまったく感じないが、この細腕でどれだけの力があるのか。

「魔力の流れはなかったが、それが君の能力か!?」

「あぁ、君も何か加護を貰っているのかい? 防がれるとは思わなかったよ」

 笑みを浮かべる男を近くで見るとその顔にはまだ高校生くらいのあどけなさが残っている。

「身体に付与をしたんだよ。君の能力は何かな?」

「身体に付与だと!?」

 付与は非生物でしか出来ないのだが、不可能を例外的に可能としてしまうとはこれが転生・転移者の能力。種類は違えど自ら行使していた力の歪さを理解し寒気を覚える。世界を知る上で自らに制約を掛けない思考と自由な発想、神から与えられる無限の可能性、その世界の住人では太刀打ちできないわけだ。

「遅い遅い遅い遅い!」

 見下すような笑顔を浮かべたまま繰り出されるでたらめだが恐ろしいほど早く重い剣撃をなんとか防いでいたが、腹に蹴りを入れられ3mほど後ろに下がり再びバスタードソードを構える。

「もっとちゃんと出来ないなら、もう終わりにする?」

 冷静で居られるのも余裕がある故だが、どうやら大幅な制限を掛けたままでは勝てないようだ。

「能力制限の解除」
 黒い光を放つ魔力紋が全身に浮かび上がる。余り見てくれがいいものではないが、いまだ身に収まりきれない力を制御するには制御しきれない余剰の力を放出するしかない。

「へぇ、能力アップか何か? もっと上はあるのかい?」
 相変わらず笑みを浮かべたままどこかふざけている様なおどけている様な感を受ける。だがそれと同時に剣から炎が噴出し周囲に残されていた人の残骸や木々が燃え上がっていく。こちらにもう余力などないというのにまだ他に手があるとは神から与えられた規格外の能力が羨ましい限りだ。
 所詮私は世界基準の体でこの世界の者として転生している。兄達や教育係の訓練でかなり追い込んで鍛えていると言っても、加護を持たない身で人の枠を越えようとするのはまだ早すぎた。生きたまま体が引き裂けるような痛みに思考が喰われ視界が狭まり揺らぐ。

「まぁいいさ。強くなっても、僕には勝てない」

 笑顔のまま上段から振り下ろされた剣を受け止める。剣に宿っていた炎が噴出し体を覆いつくすが、身から噴出す魔力で辛うじて耐えられ充分対応できた。炎を宿した剣技は素早く斬る事に躊躇は無いが、やはりどこか素人というべきか攻撃が直線的で汚さが無い。
 繰り返される大振りの剣技にタイミングを合わせて足先を踏みつけ、腹部を殴打すると共に急所を蹴り上げる。

「うっ!?」

 例え痛覚を消していても違和感はあるし反射行動で動きは鈍る。痛覚を消して瞬時に治したとしても相当慣れて置かなければ体が勝手に反応し動きは鈍ってしまう。体の反射行動を制御するのは並大抵の事では出来ない。反射行動で身を丸めた隙を逃さず、腕を斬るが身体付与というモノの影響か1mmにも満たない程度でしか刃が入っていない。しかし構うことなく腕 胴体 足を斬りつける。いくら強力な加護を持っていても、近い能力を持つ者同士なら積み上げられた経験と技術がなければ大して役には経たないことがこれでわかったはずだ。

「どうした。続けよう?」

 全身から出血し勝てないと判っているはずなのに、笑みを浮かべたままこちらに向ってくる姿を見て後ずさりしてしまう。恐怖を感じているわけではないが、完全に異質な存在を無意識に拒絶してしまった、

「せっかくの楽しいゲームだよ。せいぜい良い駒として楽しもうよ。ねぇ?」

 我々の神々が支配する世界という名の盤上の駒、その一つとして最高の働きをしたいと考えているのか。この世界に来て狂気に壊れてしまったのか。

「お前とは違う。我が神は世界の為。過ぎたるを知り、足るを知る。我々を駒や神々のゲームなどは思ってはいない」

 刃毀れしたバスタードソードを投げ捨てると、空間の裂け目から複数の白い腕が黒い光を放つ両手持ちサイズの魔剣を取り出した。名前を今だ思い出せないが、握り締めると不安定だった力が安定していく。

「違わないよ。所詮僕たちは駒。どんなに足掻いても、選択なんてできないんだよ!」

 不気味な笑顔が消え去ると怒りと絶望の織り交ざった表情を浮かべ、周囲の草花を焼き払う強烈な炎を身に纏い襲い掛かってくる。

「足掻いて抗え。 神は常にそう仰ってくれている!」

 右手のみで剣を握りなおすと左手は顔の前で神を祈るように手を構え、熱気や業炎の全てを黒の力で身を守りながら一歩踏み込む。横薙ぎに振り切られた剣によって炎ごと真っ二つに切り裂かれ、黒い光に食われ消滅。熱気から血の跡まで何もかもが消え去り、静かになったそこには新たな魔剣が一本残されているだけだ。

「・・・・・・安堵か」

 剣を振るう寸前、転移者の青年の目に映っていたのは恐怖や絶望ではなく開放される安堵の表情だった。この世界に望まずに召還され、力を無理やり与えられた事に適応しきれなかったのだろうか。それとも悪夢から覚められると思ったのだろうか。
 周囲が急速に浄化され灰と化していた周囲の地面に草花が生え始める。こんな事を出来るのは中位以上の神々しかありえない。急ぎ跪き拝礼の体制を取り言葉を待つ。

「楔の弱まりを感じます。ですがまだ私の力でも解放することは叶いません。この者を転移させた神は罰し、魂を浄化し全てが終わった後元居た世界の輪廻に戻しましょう」

 すぐ近くにあった転移者の力が魔剣化したものが砕け散ると光の粒子になり空に上っていく。どうやらこの世界に輪廻に組み込まれず、元居た世界で再び生きる事ができるようだ。しかし罰するとなるとこの世界でテラス様の権限が増えているのだろうか。

「それではあなたはこのまま成すべき事を成しなさい。私もまた成すべき事があります」

「御心のままに」

 気配が完全になくなるまで拝礼の体制を維持した後、全身に再び制約の魔術を掛けなおし帰路に着くとリーアナがいつの間にか肩に乗っていた。

「無事で何よりです。ですが随分無理をしたようですね」

 リーアナはこちらを労わる様な表情を浮かべている。誰かに心配されるなど何年ぶりだろうか。

「痛みはじきに治まる。それより怪我はなかったか?」

「私は空から見ていましたので怪我はありません」

「そうか。だが無理はしないでくれ。君らは戦うよう神命は受けていないのだろう?」

「なんのはなし?」

「さぁ、なんのことでしょうか?」

 微笑みながらエルとリーアナは髪と耳を引っ張り何も言うなといっているようだ。


 ミノタウロス族の砦に戻ると全てを片付けが終わったのか砦の中庭で小さいながらも宴会が行われていた。

「おそいぞグレン。もう一杯やってるからな!」

 リヒトとラクシャは宴会に混ざり、村の復旧があるため小さな祝勝会だがどうやら歓迎されているようだ。

「茶も頼んであるよ。あんたも飲みな」

 ラクシャの横に座るとジョッキが置かれたが、挨拶に3メートルはあるだろう大柄のミノタウロス族の女戦士が来た。挨拶の為私も席を立つが、近くで見ると見上げるほどだ。

「私はファロー族の戦士 ラームだ。ラクシャから君がリーダーだと聞いていた。救援に感謝する」

 巨体だが限界まで引き締められているプロポーションは筋肉質で見た目どおり戦士だろう。実に分かりやすいのだがミノタウロス族の女性は何故こうも色々とでかいのか。少々視線にこまる。

「しつれいですが、角も身長も体つきも他のミノタウロス族の方と違いますね」

「ファロー族はミノタウロス族の中でも戦士の一族だ。旅をしながら自らを鍛え、伴侶を探したり他のミノタウロス族を守るなどをしている」

 分かりやすい一族のようだが納得もいく。戦士の一族ならそれが一番生活に困らないし、近縁ではない同族に会う機会も増えるはず。角が前向きで突き刺さるような形なのもおそらく武器にするためだろう。
 軽く挨拶が終わると他の場所に移動し、もう一人今度は普通の人間だと思われる男が紙切れを持って現れた。体格からしてある程度は戦えそうだが戦士にはみえない。

「ギルド支部長のタントスです。といっても3人だけの小さな農村ギルドだったのですが」

 ギルドは完全に破壊され何も残っては居ないと説明してくれたが、砦の中に出張所を設けているそうだ。

「今回の傭兵団マッドネスが行った一件は本部に話しておきます。 それとお二方は損傷奴隷という事でしたが、今回の件で国家及びギルドに貢献したとして報告いたします。恐らく奴隷開放と共にギルドランクの再承認が認められると思いますよ」

「まさか一年経たずで戻れるとはね。それじゃグレンに乾杯だ!」

「おう 乾杯!」

 ラクシャとリヒトは杯を上げて上機嫌に飲み干す。理由をつけて飲んでいるようにしか見えないが、祝うべきことであるのは確かだ。国家やギルドに対して大きな貢献、通常の奴隷であれば無条件で奴隷の地位から開放なのだが、元冒険者であるためにランクの再承認まで行われるようだ。

「二人とも奴隷解放になるが、パーティはどうする。解散も」

 話してる途中隣に座っていたラクシャに頭を叩かれ言葉が詰まる。

「あんたとは契約してるんだ。奴隷開放になったところでなにも変わらないよ」

 ラクシャはそう言うと少々不機嫌気味に酒をあおり何も言わなくなる。リヒトは何か気まずいものでも見たように目を背け、他のミノタウロスと酒を飲みはじめた。

「すみません。あなたがグレンさんですね?」

 声に振り返ると先ほど自己紹介をしてくれたタームと共にミノタウロスにしては小柄な女性がそこに居た。ファロー一族のラームと違って背はラクシャ程度だし筋肉質でもない。角も小さく先端が丸くなっているのだが、温厚そうな表情と茶色のショートヘア、出ところが出過で引き締まった腰のプロポーションがなんていうか男殺し過ぎる。

「ミルモウ族のナルタ・ミルモウと言います。今回は村を救ってくれて有難う御座います」

 ミルモウ族、ミノタウロス族の中ではとても温厚かつ子供好きの為、貴族などが高給で乳母として雇っている事が多いと聞く。その影響で貴族の男の子が巨乳好きになっているのではないかと噂もある。グレンの場合は5歳になってから両親が子爵になったため乳母は居ない。

「ラクシャさんから話を聞きいて、私も共に行く事にしました。村を直すためにお金を稼がないと!」

「私は他の仲間と連絡を取り、この村が少し落ち着いてから合流しよう。居住地としているのは王都の戦士養成学園だったな」

 勝手に話が進められているようだが、仲間が増えるのはありがたい。エレとリーアナが二人を止めない所を見ると信頼できるのだろう。問題は少々ラクシャがナルタとラームに対しての視線が少々怖い。やはり同じ女の戦士としてのプライドが刺激されるのだろうか。しかしほぼ全員が戦士タイプで魔導士が誰もいないのはどうなのだろうか。怪我等をしたとき自分以外治療できないのは問題があり過ぎる。一度ラクシャやエルとリーアナに相談しておいた方がよさそうだ。
 夜も遅くなり宴も盛り上がってきたところでミノタウロス族の村長が居るところまで移動。

「村長、勝手な言い分とは思うのだが、鎮魂の石碑を彫らせてもらえないか」

 突如攻めて来た上に村を焼いた犯罪連中にそのようなものを作る必要などないと言いたいところだろうが、アンデッドが増えればそれだけ生活が脅かされることになる。

「良いでしょう。ここは魔素が濃いので亡霊やアンデットとなられては大変です」

 死んだ魂に安らぎを。死霊術に呼び出されぬよう、亡霊とならぬよう。殺した罪は消えない。どんなに謝罪しようと神に祈ろうと 殺した者の一族や仲間にとって憎しみ、そして奴隷に罪なんら罪なかった。巻き込まれただけだ。2m程度の巨石を用意してもらい、鎮魂の願いと教会で行われる聖句を刻み込み砦の門の横に設置してもらう。

「あたし達の加護も入れておくよ」

「魂が迷わず御許へと赴かん事を」

 二人がそっと石碑に触れると淡く光り輝き、周囲の大地から黒いもやの様なものがわきあがり空に上っていく。
「「「魂に安らぎと休息があらん事を」」」