真夜中をいくらか回り、再び傭兵団が見えるところまで移動すると酒盛りも絶え始め巡回している者など遠めに見て見当たらない。

「いくぞ」

 比較的人の居ない荷物置き場や酔い潰れた者達が多い場所を抜けていくが、誰一人こちらに気をかける事もなく砦壁面まで無事に着くことができた。楽でいいのだが仮にも軍事的力をもつ傭兵団がこの程度とは問題すぎる。

「それじゃ二人とも頼むよ」

 ラクシャは自分とリヒトが手を合わせた上に片足を置き、力を合わせ二人で砦の上めがけ打ち上げる。一瞬の間をおいてラクシャの手が砦上部に手を掛け、器用によじ登っていく。どうやら心配は要らないようだ。

「さて、時間までお互い隠れようか」

 気付かれていないかと周囲を確認するが、こちらを誰一人見ている様子はない。まったくといっていいほど統制が取れていないようだ。

「合図はお前の攻撃開始でいいか?」

「あぁ、一目で分かる代物だからそれで頼む」


 その頃ラクシャは上手く壁をよじ登り終え、砦の中に入ることは出来たが突然の侵入者に即座に対応した数名のミノタウロスに囲まれていた。

「ギルドランク元B ラクシャ・ドゥーガ、マッドネスの調査依頼を受け近くまで来ていた。攻撃を受けてるようだが現状を確認したい」

 あたいの判断どおりなら村に一人か二人入るはずのギルド駐在職員も逃げ込んでいるはず。そこそこ名が通ったドゥーガを言えばある程度はどうにかなるはずなのだが。
 いくらか話し合ったのか、数分後一際大きいミノタウロスが囲う数人の中から出てくる。巨大な刃の潰れた斧を持つ女戦士、途中で見かけたすり潰れた人間はこいつの仕業だろうか。

「確かにあんたの名を知っている。だが重症を負って欠損奴隷に落ちたと聞いていたが」

 こいつは以前ギルドで見かけたことがある。確かミノタウロス族 ファロー氏族の女戦士だったはずだ。

「腕はこのとおり義手だよ。だが傷は仲間の治療で戦えるまで回復した」

 じっと見つめてくるが、信頼できるかどうか見定めているのか。打って出ると言い出したり抵抗するなら砦を制圧してでも止めるつもりだが出来れば避けたい。

「それで用件はなんだ。救援だけというわけではなさそうだが」

「仲間達と弟が夜明け寸前に奴らの野営地を殲滅する。一時的に無差別攻撃を行うから少しの間は手出ししないで欲しいことを伝えにきた」

「無差別か。あんた、まさか弟や仲間に狂化させるつもりか?」

 狂化 バーサーカー、理性も何もかも失わせる。痛みも恐怖もなくなり驚異的な力を得るが、正気を取り戻すことはまず不可能。

「今の弟にあの程度の連中に必要ない。もちろん私にも」

 体が治ってから弟も二度と同じ目にあわないためにダンジョンで腕を磨いた。さほどほとんど雑魚ばかりだったが治癒術や戦術を組み立てるのには充分だ。

「こいつもある」

 巨大な鉈を背の鞘から抜いてみせる。私の意志に素直に従って断ち砕いてくれる本当に良い子だ。

「・・・わかった。こちらも人数不足で積極的に攻める事ができなかったところだ」

 どうやら理解してくれたようだ。その時服の間から二つの小さな精霊が髪に掴まりながら肩に上った。

「あたし達の仕事なしじゃん」

「さすがラクシャ様です。私達が控える必用などございませんでした」

 ミノタウロスの女戦士は二人を驚きながら眺めている。

「精霊か。そんな存在も今はお前の仲間なのか?」

「あたしはエル。よろしくな」

「リーアナと申します。以後お見知り置きを」



 巡回も殆どなく傭兵達は警戒している様子はなく、どうやら数の差に奇襲される心配などしていないようだ。木で作れた倉庫に入り込むと静かに魔方陣を描き上げ、時間が来るまで静かに身を隠し続ける。
 そのまま遠くの空が僅かに青さが混じり始めた頃魔方陣の前に立つ。魔力を流し最後の詠唱を行えば傭兵団はだけではなく奴隷さえ巻き添えに焼き尽くしてしまう。

「・・・・・・すまない」

 救う事のできない無力と命を背負う事への苦痛から自然と発した言葉。時間を掛ければ性質の悪い傭兵達は離散し、周囲の旅人や村々を襲うだろう。ミノタウロス族を守る為、周囲の村々や旅人を守る為、傭兵団の殆どを一度にしとめるしか道は無い。覚悟を決めると魔力を流し込みながら最後の召還詠唱を行う。

「舞台は整い、人は集った。炎舞を始めよう。 炎熱の舞姫」

 半分ほど魔力を喰われ 炎を纏った人間程の大きさがある一組の精霊が現れた。本来なら小さな火の精霊 サラマンダー が現れるのだが、契約を行った特定の存在を召還する特別な魔方陣を使用し呼び出していた。
 中性的な顔立ちとスタイル、その身に纏う青白い炎が揺らめく様は神秘的なものだが、炎熱の舞姫ほど優美な姿と性質が真逆の精霊はいないだろう。

「舞い踊ってくれ。優雅に心楽しく」

 こちらの願いを伝えると二人とも丁寧に頭を下げ、周囲を舞うように炎の柱が立ち昇り倉庫に使われていた木材が炭化を超え一瞬で灰になる。荒々しい性質をもつ炎の精霊 炎熱の舞姫 にとって、人間など生き物としての認識さえしていない。二つの精霊は楽しそうに周囲を舞い踊り続け、炎の柱が奏でる轟音に何事かと起き出した傭兵達は慌てて逃げ出そうと走り出す。

「・・・・・・無駄な事だ」

 小さく呟くと同時に軽くひねりを加えたように精霊が舞い、砦と傭兵の張る陣を囲うように炎の壁が立ち上がり誰一人逃がさぬよう閉じ込めてしまう。状況が理解できず逃げ惑う者達悲鳴と絶叫がまだ明けない夜の闇中響き渡る。


 離れた場所で天まで届くような二つの火柱が目に入ったリヒトは酔った傭兵が落としていった剣を掴み、騒ぎの音を聞きつけ何事かとテントから出てた傭兵を音もなく切り倒す。何が起きたか理解させず、その場に血で汚れた剣を捨てると倒した傭兵の剣を持って再び闇に紛れる。体制を整えさせないよう命令を下しているものを集中的に狙い、傭兵達の混乱と疑心を徹底的に煽る。遠めに見ても判る炎の柱がさらに恐怖を増徴させ、お互い疑心暗鬼になり遠くから聞こえる悲鳴と炎の柱に恐怖心を煽られ、一度同士討ちが始まると次々と広がっていった。


 武器を捨て恐怖に逃げ惑う者達を炎の腕で引き寄せ、業火をもって灰になるまで焼き尽くし誰一人逃すことはない。砦を半周した頃には二つの火柱は一つの巨大な火炎竜巻となり、周囲のモノ全てを引き寄せ何もかも巻き上げられながら焼き尽くされ、ただ灰となって降り注いでいる。

「二人ともすまない。そろそろ舞台を維持できそうにない」

 魔力が枯渇しかけている。そう伝えると二人は最後の締めとばかりに逃げ惑う者達に炎の雨を降らせ、丁寧に頭を下げると静かに消えていった。通ってきた後には灰だけが積もっている。しかし瞬時に絶命できるほどの炎によって灰になった者は運が良かったと感じるだろう。

「奴は魔力切れだ! やっちまえ!!」

 私が魔道士であり魔力切れだと思ったか、確かに2~3割回復するには数分はかかるがそれだけだ。混乱から冷め始めた数人の傭兵が剣や槍を持ち始めたとき、黒い影が風のように通り抜け胴体を噛み千切られた傭兵が倒れていく。影の正体はジノに間違いないのだが、どのタイミングで噛み千切ったのかはっきり見ることが出来たなかった。
 突如現れたジノによって無慈悲な殺戮が行われている中、亜空間倉庫からブレーカーガントレットとロングソードを取り出す。相変わらず一発限りのキワモノだが、先端の刃先を調整し射出前であるならば短い短刀と同じように使え、肘までを覆うプレートメイル構造に改めている。

「死ねぇぇ!」

 雄たけびを上げながら一人の盗賊が背後から襲い掛かってきた。振り返りながら薙ぎ払うように左手のロングソードを振るったが、やはり量産品は切れ味が悪い。胴を割れる程度で相手を弾き飛ばし、即死できず痛みの絶叫を上げながらのた打ち回り傭兵は死んでいく。胸部を潰されたことで肋骨は骨に突き刺さり痛みと呼吸困難で地獄の苦しみだっただろう。
 楽に死ねることは幸運だ。それが病であろうと事故であろうと、長く苦しみだけが襲う中死ねないというのが地獄だ。左手でロングソードを握り締めると逃げようとしている傭兵達を追いかけ切り捨てていく。今は戦意を喪失していたとしても数が揃えばまた戦意を取り戻し向ってくる。攻撃を仕掛けた以上殲滅する以外こちらが生き残るすべはない。


 夜が明け始めた頃、まだ生き残っていた傭兵達はようやく状況を理解し一箇所に集まりつつあった。残存数は10人程度、鎧の質の良さから見て幹部と思われる連中はちゃんと訓練が出来ているのか、盾と槍を構えながら防御陣形をきっちりと取っている。どう攻めるべきか考えていると陣形の奥にある天幕が開くと二人の人間が出てきた。
 一際大柄の男が団長だろうか。全身フルプレートアーマー、そして柄を含めて2m近いグレートアックス、見た目だけで言うならば紛れも無い重騎士といったところだ。もう一人も顔を隠す兜を着けている為顔はわからないが、腕や足も戦士よりも平民程度の太さでそこらにいる傭兵より華奢に見える。
 何かを団長と思える男と話したあと華奢な男が残った傭兵を引き連れ撤退していく。追いたい所だが目の前の敵をそのままにしておくのは厳しい。こちらに向って歩いてくる大柄な男に向けロングソードを向ける。

「貴殿が傭兵団の団長だな?」

 答えの代わりというのか担いでいたグレートアックスを上段に構えた。着用しているフルプレートアーマーも大きさからして随分厚みと重さもありそうだ。身体強化魔法を使われるとやっかいかもしれないと考えていたのだが。

「なっ!?」

 突然眼前に迫る斧に思わず声を上げてしまった。後ろに下がり斧を避けると地面を砕き土塊が周囲に飛び散った。ほんの僅かな魔力を感じない事から身体強化魔法を使っていないはずだが、それでも軽装程度の身の速さで迫り、地面にめり込んだ大斧を中心に直径1m程度のクレーターを作り上げている。

「所詮は雑魚か。逃げことしかできんようだな」

 吐き捨てるように言った後グレートアックスを構えなおす。

「今の攻撃を受け止めたらロングソードごと叩き潰していただろう? その程度見極めは出来る」

 大斧を横薙ぎに振り払われ、半歩下がり避けながら腕のガントレットにロングソードを叩きつけるがほんの僅かな傷さえ付かず跳ね返されてしまう。しかし大斧を振り払った反動を殺せていないのかすぐに切り返せず、少しよろけながら再び上段に構えなおした。動きは早いが戦いの基礎は全く出来ていない。素人としか思えないのだが。
 確認するため力任せにロングソードを鎧の胴体に叩きつけるが、根元から砕けても傷一つない。貫通は無理でも歪むか傷くらいはつくものだがやはりこいつは異常だ。だが中身の人間はそうではないようで焦ったのか胴ががら空きになる。その隙を逃さず一気に懐まで踏み込みブレーカーガントレットを押し付け魔石を開放。耳を劈く爆発音と共に衝撃で2mほどお互いにはじかれ、土煙がお互いの姿をうっすらと隠してしまう。杭の先を念のため確認するが変形はない。改良したときに高価な鋼のみで杭を作り上げたのは正解だったようだ。土煙が消えた先ではブレーカーガントレットの直撃を受けた胴体部分は歪んでいる。しかし徐々に元の形に戻り始め、リザードマンとはいえ体に大きな風穴を空ける威力を持つとはいえ威力不足だったようだ。その上自己修復するとなると一撃で仕留めるしかない。

「中々面白い物を持っているようだが、そんな玩具は俺には効かん!」

 根元から折れたロングソードを投げ捨てると意識をブレーカーガントレットに傾ける。通常使っている下級爆発魔法フレイムではなく中級爆発魔法エクスプロージョンを火の魔石に充填、想定外の使用で使用直後に砕ける可能性もあるが一撃さえ持てば良い。

「ゴキブリのように逃げ回るだけとは滑稽だな」

 相手の男はもはやこちらに攻撃する手立てがないと思っているのか、挑発しながらグレートアックスを振り回す動きは無防備そのものだ。それに相変わらず挑発を続けてくるがこちらとしてもまだいくつか試す必用があるため侮っていてくれたほうが都合がいい。

「ファイアウォール」

 地面から噴出した炎の壁によって視界から消える。並みの人間や防具なら通り抜けるのは躊躇し時間稼ぎくらいにはなるはずだが、予想通り何も存在しないかのように炎の壁を通り抜け、フルプレートアーマーに熱せられた様子もなく効果が見られない。

「アイスエッジ ブラスト」

 一つ辺り1mを超える氷の槍を5個作り出し、敵目掛けて放つが当たる寸前に砕け散ってしまう。強度だけではなく対魔法性能も随分と高いようだ。剣も魔法を効かないとなれば一対一の戦闘に置いて負ける要素はほぼない。
 残るは水攻めや圧殺や毒殺くらいだが、何かしら対策している可能性もある。もし無効化ならねじ伏せるために奥の手ともいえる手段を使うしかないがまだ一手、中級魔法を装填したブレーカーガントレットの限界以上の負荷をかけた一撃を試していない。魔法さえ効果的な攻撃を行えないと理解したのか、防御をまったく考えず腕力に任せてグレートアックスを振り回しはじめた。その隙を逃さず再び大振りの一撃を避けながら胴体にブレーカーガントレットの刃先を押し付け魔力を開放。強烈な爆発音と共にパイル部分のカウンターウェイトが弾け飛び、ガントレット部分が砕け腕に激痛が走る。身体強化魔法のおかげで骨折や体ごと吹き飛ばされる事は防げたようだが、杭はひしゃげた上に機構も完全に壊れブレーカーガントレットはもはや使い物にならない。

「ヒール(治癒)」

 傷を癒しガントレットを倉庫に入れたあと視線を向けるが、やはり直撃した部分から上下に別れ地面に転がっていた。遠めに見てもすでに絶命しており聞き出すことは出来そうもない。

「どんどん気配が離れてる」

「恐らく、逃げた一団の中に居ると思います」

 いつの間にか肩の上に載っていた二人は転生者ではないということを継げている。どうやら団長は転生者ではなく操り人形だったようだ。

「鎧を調べた後すぐに追う。エルはラクシャたちと共に待っていてくれ。リーアナは一緒に来てくれ」

 真っ二つになった元団長の近くまで移動すると残骸に鑑定をかける。

 タイプ フルプレートアーマー
 付与 魔法耐性・毒耐性・幻惑耐性・精神耐性・炎耐性・電耐性・氷耐性・土耐性・衝撃耐性・斬撃耐性を大幅に強化
 筋力・体力・治癒力・身体能力を大幅に増幅
 状態 破損 修復不可能
 特性 専用防具
 委細 自動修復する特殊防具

 ふざけている。竜の魔石と素材を手に入れても不可能に近い代物だ。もはや神器といってもおかしくないだろう。これを作り上げこいつに渡したものが居るという事、そいつが転生者であることは明白。
 触れてみると僅かながら魔力の痕跡が残っている。恐らくこの能力を維持するために定期的に魔力を流し込む必要でもあったのだろうか。

「しかし参ったな。こんな武具が出回ったら世界は混迷どころか壊れかねない」

 転生した者が操る技術を客観視すると異常な事をしているとわかる。この世界に転生してから随分と抑えているが、やはり技術や知識を簡単に流すのは危険ということ、それに気付いている転生者は他に居るのだろうか。

「グレン急いで!私が認識できる範囲外から離れそう!」

「掴まっていてくれ。走る」

 リーアナの声に思考を一旦区切り後を追いかけ始める。