林道さんの話は高藤さんが言っていた通り、僕たちがどうこうできる案件ではなかったわけだが、あながち蔑ろにもできない案件でもあった──つまりは、親との確執である。
「いつまでバンドなんか続けてるの、だってさ。ちゃんとした仕事に就きなさいってどういうことだよ」
「そりゃあ、親ならそう言うだろう」
「そういうことじゃあないんだよ」
「家庭のことを持ち込まれても、俺らじゃあ何も解決出来ないぞ」
ぴしゃりと言ってのける高藤さんの辛辣な言葉に林道さんは押し黙ってしまった。
「辞めるつもりはないんだろう?」
「ああ、それは辞めない。高藤がボーカルに入ってくれたおかげで、ようやくバンドとしてもスタートが切れたところだ。今となっては、別にこれで食ってこうなんて思ってもいないが、だからといって辞めるつもりは無い。俺にとって歌うことは生きることと同義だから」
「だったら結果は出さないと」
「……結果?」
僕は二人の会話に割って入る。
「まずは大きい舞台でライブをする。俺らがよくライブをしているライブハウスなんかじゃなくて、もっと大きいところ。せめてこの市内で一番大きいライブハウス『BUMP』で演奏すること。そして、ちゃんと地に足のついた仕事に就いて親を安心させること。それがお前自身が決めた約束事だろう」
「ライブハウスは地に足のついた仕事じゃあないんですか」
「そんなことはない」
林道さんは否定する。
「ライブハウスの運営だって必要な仕事に決まっている。俺たちのようなアマチュアバンドが演奏する機会を与えてくれるのはライブハウスのおかげといっても過言ではない」
「じゃあライブハウスの正社員になったことを伝えればいいじゃないですか」
僕は当たり前のことを呟いたと思ったが、二人の反応は思いのほか薄く、きょとんとした表情を浮かべている。
「林道……お前またちゃんと伝えていないな」
「ああ、確かに言ってなかったかもしれんな」
はあ、と深いため息を吐きながら、高藤さんは頭を掻いた。僕は何を言っているのか見当がつかないままだ。
「林道は別にライブハウスの正社員になったわけではないよ」
「え? だって汗水流してバイトをしていた自分を気遣ってライブハウスで演奏させてくれるようになったって」
「それでも、正社員になったなんか一言も言ってはいない」
確かにそうだが、と僕は唇を噛む。振り返れば路上ライブの引退宣言から高藤さんのボーカル勧誘でも同じようなことが起きていた。林道さんの曖昧な表現のせいで僕だけ取り残されている。だから常に穿った見方をする必要が林道さんには求められるのだ。そして、そんな見方をしても僕の想像の斜め上をいつも突っ走る。
「まあそれはともかくとして、結局はどこに就職されたんですか」
どうせなら祝いの席にもなれば、林道さんの気も和らぐのではないかと思い、僕は林道さんの就職先を尋ねた。
しかし、当の本人が何故か口を割ろうとしない。それに隣の高藤さんは口元を押さえて笑っている。
「いやあ、ちょっとな。俺がこの話を知り合いにするとこぞって笑い飛ばすんだよなあ。だから言いづらかったんだよ」
「こぞって笑うほど友達もいないじゃないか。ただ、笑われるような職業ではない」
「そうやってフォローを入れる高藤が笑ってたら説得力がなくなるだろう」
悪い悪いと謝りなからも、高藤さんの笑いは止まらない。
「……で、結局どんな仕事に就いたんですか」
痺れを切らした僕は強引に二人の話に割って入った。
林道さんは、「絶対に笑うなよ」と真剣な表情で訴えるが、それ自体がおかしくて笑いそうになるが、何とか堪える。
「……まあ、その……なんだ」
よし、と口に出して何かしらの決意をした林道さんの口がゆっくりと開く。
「──……中学校の先生だよ」
やはり林道さんは僕の思い描くイメージの遥か斜め上を突っ走る。
まさか子供と携わる仕事だったとは。
「いつまでバンドなんか続けてるの、だってさ。ちゃんとした仕事に就きなさいってどういうことだよ」
「そりゃあ、親ならそう言うだろう」
「そういうことじゃあないんだよ」
「家庭のことを持ち込まれても、俺らじゃあ何も解決出来ないぞ」
ぴしゃりと言ってのける高藤さんの辛辣な言葉に林道さんは押し黙ってしまった。
「辞めるつもりはないんだろう?」
「ああ、それは辞めない。高藤がボーカルに入ってくれたおかげで、ようやくバンドとしてもスタートが切れたところだ。今となっては、別にこれで食ってこうなんて思ってもいないが、だからといって辞めるつもりは無い。俺にとって歌うことは生きることと同義だから」
「だったら結果は出さないと」
「……結果?」
僕は二人の会話に割って入る。
「まずは大きい舞台でライブをする。俺らがよくライブをしているライブハウスなんかじゃなくて、もっと大きいところ。せめてこの市内で一番大きいライブハウス『BUMP』で演奏すること。そして、ちゃんと地に足のついた仕事に就いて親を安心させること。それがお前自身が決めた約束事だろう」
「ライブハウスは地に足のついた仕事じゃあないんですか」
「そんなことはない」
林道さんは否定する。
「ライブハウスの運営だって必要な仕事に決まっている。俺たちのようなアマチュアバンドが演奏する機会を与えてくれるのはライブハウスのおかげといっても過言ではない」
「じゃあライブハウスの正社員になったことを伝えればいいじゃないですか」
僕は当たり前のことを呟いたと思ったが、二人の反応は思いのほか薄く、きょとんとした表情を浮かべている。
「林道……お前またちゃんと伝えていないな」
「ああ、確かに言ってなかったかもしれんな」
はあ、と深いため息を吐きながら、高藤さんは頭を掻いた。僕は何を言っているのか見当がつかないままだ。
「林道は別にライブハウスの正社員になったわけではないよ」
「え? だって汗水流してバイトをしていた自分を気遣ってライブハウスで演奏させてくれるようになったって」
「それでも、正社員になったなんか一言も言ってはいない」
確かにそうだが、と僕は唇を噛む。振り返れば路上ライブの引退宣言から高藤さんのボーカル勧誘でも同じようなことが起きていた。林道さんの曖昧な表現のせいで僕だけ取り残されている。だから常に穿った見方をする必要が林道さんには求められるのだ。そして、そんな見方をしても僕の想像の斜め上をいつも突っ走る。
「まあそれはともかくとして、結局はどこに就職されたんですか」
どうせなら祝いの席にもなれば、林道さんの気も和らぐのではないかと思い、僕は林道さんの就職先を尋ねた。
しかし、当の本人が何故か口を割ろうとしない。それに隣の高藤さんは口元を押さえて笑っている。
「いやあ、ちょっとな。俺がこの話を知り合いにするとこぞって笑い飛ばすんだよなあ。だから言いづらかったんだよ」
「こぞって笑うほど友達もいないじゃないか。ただ、笑われるような職業ではない」
「そうやってフォローを入れる高藤が笑ってたら説得力がなくなるだろう」
悪い悪いと謝りなからも、高藤さんの笑いは止まらない。
「……で、結局どんな仕事に就いたんですか」
痺れを切らした僕は強引に二人の話に割って入った。
林道さんは、「絶対に笑うなよ」と真剣な表情で訴えるが、それ自体がおかしくて笑いそうになるが、何とか堪える。
「……まあ、その……なんだ」
よし、と口に出して何かしらの決意をした林道さんの口がゆっくりと開く。
「──……中学校の先生だよ」
やはり林道さんは僕の思い描くイメージの遥か斜め上を突っ走る。
まさか子供と携わる仕事だったとは。