ライブが終わったあと、僕は高藤さんと近くの居酒屋の個室へ入り、ビールで乾いた喉を潤していた。あとから林道さんも合流するらしい。
 店内は活気に溢れた様子の店員たちが笑顔を振りまいて、忙しく動き回っている。これだけ動き回っていれば、いずれぶつかったりしないのだろうか、と冷や冷やしたものだが、「彼らは互いの距離感を完璧に把握しているから、縫うように移動することが出来るんだ」と高藤さんに聞かされたすぐあとに店員同士がぶつかり、盛大に料理をぶちまけたのには、腹を抱えて笑った。
 しばらくすると、店員が勢いよく個室の扉をあけ、林道さんが姿を現した。
「おう、どうだった?」
 林道さんは席に座るなり、僕達が頼んだものの考慮を一切せず、一頻り注文を済ませると、ライブの感想を求めてきた。
「……まあ、良かったんじゃないか」
 高藤さんはご機嫌ななめな様子で、ぶっきらぼうに答えた──だけど、僕は知っている。林道さんのライブが始まった瞬間から手を固く握り、目を輝かせていた高藤さんを僕は見ていた。
 林道さんのライブが成功か失敗だったのかは、僕には正直なところわからない。もちろん、最初のインパクト溢れるギターの導入によって、目当てではなかった客の心を一気に引き寄せることができた。しかし、インパクトだけでは、客の興味は長く続かない。
「早く歌えよ」「前奏が長いぞ」「このバンド、ボーカルいねえじゃん。さっさと終われよ」
 高藤さん曰く、そんな心無いヤジも飛んでいたらしい。僕にはもちろん届かなかったが、林道さんのステージに投げ捨てられたそれを、林道さんはどう捉えたのだろうか。
 有名なインストバンドならともかく、無名且つボーカルのいないインストバンドに三十分間のワンステージは、無謀な挑戦だったともいえる。ただ、林道さんらのバンドに惹かれた客は少なくとも二人は存在それに果敢に挑んだという点を考慮して、無謀ながらも果敢に船出を切ったことを鑑みれば、充分成功したと言えるのではないだろうか。
 ただ当の本人は、「いやあ、やっぱり路上とライブハウスは全然違うなあ」と高揚した気分を抑えられずにひたすら僕らにライブの話を聞かせてくれた。
「ボーカルの方は何か反応を示しましたか」
 ふと高藤さんが言っていたことを思い出した僕は、林道さんに確認する。もしいい反応であれば嬉しいことだ。
「そうだな。そういえばまだ確認していないや」
 林道さんはにやにやしながら、僕らが注文したフライドポテトを食べる手を止めた。
「それでは早速、反応を聞かせてもらおうじゃないか」
 僕は林道さんが何を言っているのか、意味がよくわからなかった。だけど、林道さんの視線は高藤さんに向けられている。
「……え、ボーカルに誘っている人って──」
「おう、高藤だよ」
 何も言わない高藤さんとは対照的に、林道さんは笑みが溢れるのを抑えられない。
「それで、どうだったんだよ」
 肩を揺する林道さんを手で払いながら、高藤さんはこほん、と咳払いをした。
「……お前、本当に歌う気は無いのか」
「俺がボーカル? それはないだろう。俺はこれを弾いているだけで幸せだ」
 林道さんはギターケースを擦る。「それに俺は高藤の歌が好きだしな」
「気持ち悪いなあ」
 高藤さんは悪態を吐くが、決して嫌そうには見えなかった。
「わかった。次のライブだけは一緒に立ってやる。話はそれからだ」
「ええ、また保留かよお」と座敷を転がりながら悔しがる林道さんを見て、僕たちはまた大きく笑った。
 これが永遠に続けばいいのに──そんな柄にもない言葉が、本気で口から出たのは、生まれて初めての経験だった。