百鬼夜荘の大家さんは座敷童子。
 外見年齢十五才前後、実年齢―― 一五九才。
 その事実を知った瞬間、俺はこれまでの行いを振り返った。
 そして、

「あの……えっと、今更遅いとは思うんだけど、敬語使ったほうがいいですか?」

 めちゃくちゃ失礼だと思った。

「大丈夫ですよそんなに畏まらなくて! 確かに人間に比べれば長生きしていますが、長寿の妖怪の中ではまだまだ子供な方ですから」

「そ、そうなの?」

「はい。座敷童子の平均寿命は千年って言われますから、丁度人間の十倍くらいなので、感覚的には水瀬さんと同い年なんですよ?」

 いや感覚的にはとか言われてもな~
 まぁ見た目はその通りなんだけど、事実年の差は圧倒的なわけだし……
 どう接するのが正解なのかわからない。

「えっと、今まで通りで良いならそうするけど」

「はい。今まで通り接してください」

「わかった。でもそれならそっちも敬語なんて使わないで話せばいいのに」

 サチは初めて会ってからずっと敬語で話している。
 俺はその事がなんとなく気になっていた。
 年の近い女の子に敬語を使わせて、自分だけタメ口で話している。
 罪悪感というか、申し訳なさというか。

「いえ、私はこの話し方が慣れているので」

「そう? ならいいけど」

 俺は少し距離を感じた。
 今日会ったばかりで仕方が無いはずだけど、なぜだか寂しく思えた。
 それにしても……

「妖怪に比べて、人間ってホント何も無いなぁ~」

 妖怪の事を詳しく知っているわけじゃないけど、寿命の事一つとっても差は歴然。
 人間の一生なんて、妖怪からすればほんの一瞬でしかないのかな。
 不老の妖怪とかもいるなら尚更だ。

「そんな事ありませんよ? 妖怪と人間の違いなんて容姿と寿命くらいですから」

「いやいやさすがにそれは無いでしょ。それにほら、霊力だっけ? 妖怪はそういう特別な力も持ってるでしょ?」

「霊力なら水瀬さんも持ってるじゃないですか」

「えっ? ああー……」

 そういえばそんな話もしたっけ?
 俺が人並み外れた霊力を持ってたから、彼女は最初に俺を妖怪と間違えたって言っていたな。

「俺以外にもいるの? 霊力を持ってる人間」

「いますよ? 皆さん大抵は無自覚で知らないまま一生を終えていきますが、自覚すれば修行次第で色々な術が使えます」

「へぇ~ そんな人達もいるんだな」

「はい。日本では陰陽師、海外ではエクソシストと呼ばれている方々です」

 陰陽師って妖怪を退治するやつらの事だよな?
 そんな連中が現代にもいるなら、この場所ってかなり危険なんじゃ……

「大丈夫なの? この場所が陰陽師に狙われたりとか」

「その心配は要りません。彼らが祓うのは悪行を働いた妖怪のみですから」

「そうなの?」

「はい。江戸時代の終わり頃に、当時の陰陽師達と妖怪の間である取り決めが行われました。それは、どちらかが害をなさない限り、互いに互いを害さない――という内容のものでした。今でのその取り決めは続いているんです」

 彼女曰く、街中で堂々と力を使ったりしなければ何の問題も無いらしい。
 特にここは裏の世界、人間のいる側とは反対にある場所だから、尚更問題ないらしい。
 それなら安心だ。
 さすがに俺も、自分の住処が戦場になるのは困るからな。
 それから数分で夕食を食べ終わった。

「ご馳走様でした」

「お粗末さまでした。水瀬さん、よかったらこの後お風呂に入りませんか? もう準備は出来ているので」

「そうさせてもらおうかな」

 宴会室を出る。
 長い廊下をずっと奥へ進むと、大きな庭が見える。
 その庭を越えてさらに進むと、大浴場と書かれた看板と、男湯・女湯と書かれた暖簾が目に入る。
 俺はさっとく脱衣所で服を脱ぎ、ガラガラと鳴る引き戸を開けた。

「おお~ 温泉か」

 そういえば温泉もあるって言ってたっけ。
 大人が三十人くらい浸かってもまだスペースが余りそうなくらい広いぞ。
 こんなに広い温泉を、今日は俺が独り占めできるって事か。
 これははしゃぐしかないだろ。
 俺は髪と身体を洗ってから、飛び込むように湯船に浸かった。

「ふぅ~ 良い湯だなぁ~」

 立ち昇る湯煙と天井を眺めながら、俺は湯に浸かっていた。
 妖怪専用って事は驚いたけど、それを差し引いてもここは最高だな。
 家賃は安いし、飯は上手いし……本当に良い家だ。
 それに大家さんは可愛いし――

「……」

 その時、俺の脳内に一つの煩悩が浮かんだ。

「まさか……背中流しに来てくれたりして?」

 いやいやいや、それはさすがに無いか。
 でもこれまでの待遇を考えると、可能性がゼロってわけじゃないぞ?
 あれ、もし来たらどうしよう。
 落ち着け俺、ここは平常心を意識するんだ。
 たとえ来たとしても紳士に接する事を考えろ。

 
 実際来ませんでした。


 二十分位で湯から上がった後、俺は準備されていた浴衣に着替えて浴場を後にした。
 自分の部屋へ戻る途中、ふと明かりが点いている部屋を見つける。
 この家で明かりが点いているという事は、

「幸?」

「あっ、水瀬さん」

 彼女がいることを示している。
 調理器具にコンロ、どうやらここは台所だったらしい。

「お湯加減はどうでしたか?」

「良かったよ。幸は洗い物中?」

「いえ、それはもう終わりました。今は明日の朝食の準備をしている所です」

「明日の? もうそんな事までしてるの?」

「はい。今日のうちにやっておいた方が、明日の朝は楽が出来るので」

 楽って、今が大変だろ。
 彼女はこれを毎日やってきたのか。

「俺も手伝おうか?」

「えっ? 大丈夫ですよ。水瀬さんは長旅でお疲れでしょうし、今日はゆっくり休んでください」

 幸はニッコリと笑ってそう言った。
 俺なんかより、彼女の方がずっと大変だろうに……

「……あのさ――」

 ピンポーン!

 俺が話しかけようとした時、玄関のチャイムがそれを遮るように鳴り響いた。