【座敷童子】――東北地方に伝わる妖怪、というより精霊的な存在である。
座敷または蔵に住む神と言われ、家人に悪戯を働く……見た者には幸運が訪れる……家に富をもたらすなどいくつも伝承がある。
外見は住み着く家によって異なると言われており、少女である場合もあれば、少年の場合もあるという感じでマチマチ。
少女の場合は、生まれたての赤子のような質の黒髪に、おかっぱ頭なのが特徴的とされている。
彼女もその特徴にそっていて、容姿は十五歳くらいだ。
「そうか、そうだよな。ここが裏側なら、君も人間じゃないのは当然だよな。外見が普通の女の子だから忘れてたよ」
「ふふふっ、そうですよね」
数分前に顔無しっていうもっと印象深い出会いもあった所為もあるだろう。
彼女は見るからに普通の女の子、可愛らしい女の子だった。
「座敷童子か」
「はい。こう見えて立派な妖怪なんですよ?」
サチは笑顔でそう言った。
その笑顔を見た俺は、心が温まるような感じを憶えた。
座敷童子……見た人に幸運をもたらす妖怪か。
確かに彼女を見ていたら、何だか幸せな気分になれる気がする。
幸せな気分……幸運……あれ?
もしかして、
「あの時トラックが逸れたのって、君が何かしたから?」
「はい。私は運を操る力を持っていますので、あの時は少しだけその力を使わせてもらいました」
やっぱりそうだったのか。
今思い返してみても、あの時助かったのは奇跡と言うか不自然だった。
急にトラックが曲がった事、その時の運転手の証言、そして一瞬だけ視界に映った彼女の姿……
その不自然が、今ようやく繋がった。
繋がったというより解消されたって方が正しいだろう。
要するに全部彼女のお陰だったんだ。
俺が、あの女の子が無事でいられたのは……
それを知った俺は、その場で彼女に深く頭を下げた。
「ありがとう」
「えっ、やめてください水瀬さん! 私は別に大したことは――」
「君が居なかったら、俺は今こうして居ないし、あの女の子も助けられなかった。君のお陰であの子を助ける事ができたんだ」
「……」
サチは頬を赤らめながら無言で天斗を見つめていた。
「だからありがとう。俺とあの子を助けてくれて」
「ふふっ」
そして彼女は笑った。
口元に手を当て、可愛らしい仕草で笑った。
どうして笑ったのか分からない俺は、顔を上げて彼女を見た。
「やっぱり水瀬さんは優しい人なんですね。力を使って良かったです」
「いや、俺は別に優しくなんて……」
「いいえ、水瀬さんは優しい人です。そうでなければ、私はあの時力を使っていませんでしたよ?」
「え?」
「私は、水瀬さんが女の子を庇って飛び込む姿を見ました。自分の命すら省みず、赤の他人を助けようとした姿……格好良かったです」
サチは真っ直ぐ目を見てそう言った。
俺はその視線が恥ずかしくて顔が熱くなった。
よく見ると彼女も、少しだけ頬が赤くなっている。
「あんな事が出来る人を、私は知りません。たとえ妖怪だったとしても、きっと無事では済まなかったでしょうし、ませてや水瀬さんは人間ですから、もしかすると死んでしまっていたかもしれない。それなのに、貴方は飛び込んだ。だから私は、助けたいと思ったんですよ?」
何なんだろう。
この告白でもされているような感じ……
めちゃくちゃ照れくさいし、どう反応すればいいのかわからない。
だけど凄く嬉しい。
「結果的に私が助けた形になりましたけど、あの女の子を助けたのは、間違いなく水瀬さんです。だから私に感謝なんてしなくても良いんです。私がそうしたくて勝手にやった事ですから」
「……いや、それでもありがとう」
サチはそう言うけど、俺は敢えてもう一度感謝を伝えた。
彼女の笑顔が、素直な気持ちが嬉しくて眩しくて、俺は感謝せずにはいられなかった。
「ふふっ、どういたしまして。それと水瀬さん、私の事は大家さんではなく、幸って呼んでください。私はこの名前が好きなので、そう呼んでもらえると嬉しいです」
幸という名前は、幸せという字を書く。
まさに座敷童子である彼女に相応しい名前だと……いや、たとえ座敷童子じゃなくても、彼女にこそ相応しい名前だと思う。
彼女を見ていると、そんな気がしてならない。
彼女は座敷童子であろうとなかろうと、見知らぬ誰かに幸福を齎してくれるような気がした。
「わかった。えーっと、幸?」
「はい。何でしょうか水瀬さん」
俺はごほんと咳払いをして、
「これからお世話になります」
彼女にそう伝えた。
そして彼女もこう返した。
「はい! これからよろしくお願いしますね。水瀬さん」
こうして俺は、高校入学を前にして一人の少女と出会った。
彼女の名前は幸、可愛らしい座敷童子の女の子。
言伝えによると、座敷童子は見た者に幸福をもたらすと言われている。
はたして彼女と出会った俺には、これからどんな幸福が訪れるのだろうか?
今はまだ、誰も知らない未来である。
座敷または蔵に住む神と言われ、家人に悪戯を働く……見た者には幸運が訪れる……家に富をもたらすなどいくつも伝承がある。
外見は住み着く家によって異なると言われており、少女である場合もあれば、少年の場合もあるという感じでマチマチ。
少女の場合は、生まれたての赤子のような質の黒髪に、おかっぱ頭なのが特徴的とされている。
彼女もその特徴にそっていて、容姿は十五歳くらいだ。
「そうか、そうだよな。ここが裏側なら、君も人間じゃないのは当然だよな。外見が普通の女の子だから忘れてたよ」
「ふふふっ、そうですよね」
数分前に顔無しっていうもっと印象深い出会いもあった所為もあるだろう。
彼女は見るからに普通の女の子、可愛らしい女の子だった。
「座敷童子か」
「はい。こう見えて立派な妖怪なんですよ?」
サチは笑顔でそう言った。
その笑顔を見た俺は、心が温まるような感じを憶えた。
座敷童子……見た人に幸運をもたらす妖怪か。
確かに彼女を見ていたら、何だか幸せな気分になれる気がする。
幸せな気分……幸運……あれ?
もしかして、
「あの時トラックが逸れたのって、君が何かしたから?」
「はい。私は運を操る力を持っていますので、あの時は少しだけその力を使わせてもらいました」
やっぱりそうだったのか。
今思い返してみても、あの時助かったのは奇跡と言うか不自然だった。
急にトラックが曲がった事、その時の運転手の証言、そして一瞬だけ視界に映った彼女の姿……
その不自然が、今ようやく繋がった。
繋がったというより解消されたって方が正しいだろう。
要するに全部彼女のお陰だったんだ。
俺が、あの女の子が無事でいられたのは……
それを知った俺は、その場で彼女に深く頭を下げた。
「ありがとう」
「えっ、やめてください水瀬さん! 私は別に大したことは――」
「君が居なかったら、俺は今こうして居ないし、あの女の子も助けられなかった。君のお陰であの子を助ける事ができたんだ」
「……」
サチは頬を赤らめながら無言で天斗を見つめていた。
「だからありがとう。俺とあの子を助けてくれて」
「ふふっ」
そして彼女は笑った。
口元に手を当て、可愛らしい仕草で笑った。
どうして笑ったのか分からない俺は、顔を上げて彼女を見た。
「やっぱり水瀬さんは優しい人なんですね。力を使って良かったです」
「いや、俺は別に優しくなんて……」
「いいえ、水瀬さんは優しい人です。そうでなければ、私はあの時力を使っていませんでしたよ?」
「え?」
「私は、水瀬さんが女の子を庇って飛び込む姿を見ました。自分の命すら省みず、赤の他人を助けようとした姿……格好良かったです」
サチは真っ直ぐ目を見てそう言った。
俺はその視線が恥ずかしくて顔が熱くなった。
よく見ると彼女も、少しだけ頬が赤くなっている。
「あんな事が出来る人を、私は知りません。たとえ妖怪だったとしても、きっと無事では済まなかったでしょうし、ませてや水瀬さんは人間ですから、もしかすると死んでしまっていたかもしれない。それなのに、貴方は飛び込んだ。だから私は、助けたいと思ったんですよ?」
何なんだろう。
この告白でもされているような感じ……
めちゃくちゃ照れくさいし、どう反応すればいいのかわからない。
だけど凄く嬉しい。
「結果的に私が助けた形になりましたけど、あの女の子を助けたのは、間違いなく水瀬さんです。だから私に感謝なんてしなくても良いんです。私がそうしたくて勝手にやった事ですから」
「……いや、それでもありがとう」
サチはそう言うけど、俺は敢えてもう一度感謝を伝えた。
彼女の笑顔が、素直な気持ちが嬉しくて眩しくて、俺は感謝せずにはいられなかった。
「ふふっ、どういたしまして。それと水瀬さん、私の事は大家さんではなく、幸って呼んでください。私はこの名前が好きなので、そう呼んでもらえると嬉しいです」
幸という名前は、幸せという字を書く。
まさに座敷童子である彼女に相応しい名前だと……いや、たとえ座敷童子じゃなくても、彼女にこそ相応しい名前だと思う。
彼女を見ていると、そんな気がしてならない。
彼女は座敷童子であろうとなかろうと、見知らぬ誰かに幸福を齎してくれるような気がした。
「わかった。えーっと、幸?」
「はい。何でしょうか水瀬さん」
俺はごほんと咳払いをして、
「これからお世話になります」
彼女にそう伝えた。
そして彼女もこう返した。
「はい! これからよろしくお願いしますね。水瀬さん」
こうして俺は、高校入学を前にして一人の少女と出会った。
彼女の名前は幸、可愛らしい座敷童子の女の子。
言伝えによると、座敷童子は見た者に幸福をもたらすと言われている。
はたして彼女と出会った俺には、これからどんな幸福が訪れるのだろうか?
今はまだ、誰も知らない未来である。