全ての事柄には必ず【表】と【裏】がある。
 そこに一つの例外も無い。
 そしてこの世にもそれはあった。
 【表】とは人間が住む側の事を示し、【裏】は妖怪達、人ならざる者達が住まう側を指している。
 本来、表の存在は裏の存在を感知する事が出来ない。
 故に表の存在である人間は、裏側の世界へ立ち入る事はできない。

「裏……妖怪達の世界か。そんなものが本当にあったんだな」

「はい。この百鬼夜荘は、その妖怪達が住まうための宿舎なんです。ですから人間である水瀬さんが来られたのは、完全にこちらの手違いでして……」

 少女がまた謝ろうとした事を察した俺は、すかさず次の質問をした。

「それじゃ、俺はどうしてこっちの側へ来られたの? 今の話だと、人間は立ち入れない領域なんでしょ?」

「それはおそらく、水瀬さんが高い【霊力】をお持ちだからだと思います」

 【霊力】とは、文字通り霊的な力。
 魂を繋ぐ力でもあり、妖怪や人外の存在は高い霊力を持っている。
 人間も僅かながらに持っており、その中で稀に妖怪達に匹敵する程高い霊力を持って生まれる者が要る。
 霊力は魂を繋ぐ力、高い霊力を持っている者は例外的に裏側の存在を知覚できる。

「私がはじめ水瀬さんを人間ではないと勘違いしたのは、水瀬さんが高い霊力をお持ちだったからです。おそらくですが、その高い霊力の影響で、この場所へ迷い込んでしまったのでしょう」

 迷い込んだというか、自分の意思でここに来たわけだけど……でもそうか、霊力か。
 まぁそうだよな。
 俺が高い霊力を持っていても不思議じゃない。
 確かに俺は人間だけど、只の人間ってわけじゃない。
 俺には、まだ誰にも教えていない秘密がある。

「それで、今回の件なのですが……」

「あっ、はい。説明お願いします」

「畏まりました。実は――」

 少女の話によると、最近ここ百鬼夜荘は入居者の不足という問題を抱えていたらしい。
 別に問題があって入居者が集まらないのではなく、そもそもこの近辺に暮らす妖怪達が減ってきたことが原因らしい。
 そこで今回、意を決して新しい試みを行った。
 それが表の世界の仲介ショップを活用する事だったのだ。

「表の世界にも妖怪がいるって事?」

「はい。裏の世界は時代が変わるにつてれ、どんどん狭くなってきているんです。江戸時代には今の倍以上の広さがあったんですが、今ではうんと狭くなってしまいました」

 世界が広いとか狭いとか、そういう話についてはよくわからなかった。
 だけど何となく、森林が伐採されて住処が無くなっている動物と同じ感覚なのかと思った。
 詳しい事は後で聞いてみよう。

「そこでこの春から表のお店と契約して、新しい入居者を募集していたんですが……どうも情報に誤りがあったみたいで」

「誤りって、どっち道普通の店なんて使ったら、俺みたいな人間が間違えてきちゃうと思うけど?」

「その辺りは大丈夫です。お店にはこっち側の人がいるので、その人に根回しを頼んでますから」

 根回し?
 あーそういう事か。
 だから手続きを全部現地で行うって形をとってるわけね。
 普通の人間はこの場所にたどり着けない、だけど妖怪ならたどり着ける。
 それを目印にしてるってわけか。
 もしくはあの時仲介ショップで話した人が、そもそも人間じゃなかったとか?
 それも十分ありえそうだな。

「まぁ大体の事情はわかりました。でもどうしよう……そうなると新しい入居先を探さないとな……」

 入学式まで残り一週間と少し。
 その短い期間で新しく住む場所は見つかるのか?
 いいや無理だろ。
 仮に見つかったとしても、実際に入居するまでに学校が始まる。
 となると、一旦祖父母の家に戻るしかないけど、あそこから学校までは遠い。
 新幹線を使えば通えなくは無いけど、金銭的な問題で厳しい。
 これ以上祖父母に迷惑をかけたくないし、自力で何とかしないと……

 今後について考えていると、その様子を見ていた少女が口を開く。

「あの、もしよかったらこのままうちに住んでしまいませんか?」

「えっ? いいんですか?」

「もちろんです」

「でも俺、人間ですよ?」

「ですが今回はこちらの不手際が原因ですし、水瀬さんさえ宜しければこちらは大丈夫です」

 魅力的な提案だと思った。
 もともと家賃が安い事に引かれて選んだ事もあって、多少の不便は覚悟していた。
 予想していたのはもっとボロ屋だととか、そういう類の不便だったから、まさか妖怪の宿なんて思ってなかったけどね。
 まぁそれは別として、

「……」

「?」

 俺はジーっと少女を見つめた。
 そしてこう答えた。

「それじゃ、よろしくお願いします」

「はい! こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」

 こうして新しい入居先は、予定通り?決まった。

「では手続きを始めましょう。こちらに目を通してからサインをお願いします」

 少女から契約書を手渡しされる。
 俺はそれを受け取って、言われた通り目を通した。
 その最中、ふと思ったことを口にする。

「あっ、そういえば今日って大家さんは居ないんですか?」

「えっ? 大家は私ですけど……」

 俺は書類から目を逸らし、耳を疑った。

「大家……? 君が大家さん?」

「はい、そうですよ? そういえば自己紹介がまだでしたね。私がこの百鬼夜荘の大家で、【座敷童子】の幸《サチ》と言います」