和装の少女が天斗に話しかける。

「長旅お疲れ様でした。中でゆっくり休んでくださいね」

 この娘、どこかで見たような……
 あっ、

 天斗はその少女の顔を見て思い出した。

「君はあの時、トラックの後ろに居た……」

「はい。やっぱりお気づきになられてたんですね」

「そりゃあ目が合ったし、というかどうしてこんな――」

 この瞬間、俺は我に返った。
 そうだ、そうだよ!
 今はそんな事を気にしてる場合じゃ無いだろ!

「君っ! 早くここから逃げた方が良いよ!

「逃げる……?」

 和装の少女はキョトンとした顔になる。

「そうだよ! よくわからないけど、ここはおかしい! さっきも顔が無い女の人が居たし――」

「ああ、顔無しさんですね? 確かに最初は驚かれる方も多いですが、悪い方ではありませんよ?」

 少女は平然とそう答えた。
 俺は訳が分からなくなって混乱した。

「悪い方じゃないって、顔が無いんだよ!? あれじゃまるで妖怪みたいじゃないか!」

「ふふふっ、何を言ってるんですか」

 少女が笑う。
 そして、

「みたいじゃなくて妖怪に決まってますよ」

 笑いながら衝撃の一言を言い放った。
 俺はその時、一瞬だけ世界が静止したような違和感を感じた。

「可笑しな事を言いますね」

「可笑しな、事……可笑しいのは君の方だろ! 妖怪? 妖怪がいる事を、そんな……当たり前みたいに言って!」

「さっきからどうされたんですか? それ程驚く事ではないしょう? 貴方も妖怪なんですから」

「俺は人間だよ!」

 俺が叫ぶようにそう言うと、少女は面食らったように固まった。
 しかしそれも僅かな時間だった。
 すぐに少女はこう言い返してくる。

「そんな……ご冗談は止めてさい」

「この状況で冗談なんて言えるか! 正真正銘俺は人間だよ!」

「でっ、ですが貴方、水瀬天斗さんですよね? 今日からこの【百鬼夜荘】に下宿される予定の」

「百鬼夜荘?」

 そういえばさっきもそう言って……
 俺は少女の右隣に立て掛けられた看板に目をやった。
 するとそこには、確かに【百鬼夜荘】と刻まれていた。
 何だよこの物騒な名前……俺が入居する予定だったのは確か――

「ひゃくやそう……ここは「ひゃくやそう」って名前じゃないの?」

「ひゃくやそう? 看板にも書いてありますけど、ここは百鬼夜荘です」

 それは見ればわかる。
 という事は俺が間違えたって事なのか?
 だけど俺は地図通り歩いてきたはずだ。
 ここは間違いなく、俺が目指していた場所なんだ。
 だとしたら何かの手違いがあったとか?

「水瀬さん、そろそろ冗談は終わりにしませんか?」

「だから冗談じゃないってば!」

 俺はカバンからある用紙を取り出した。

「ほら、これ見て!」

 それを少女に見せた。
 その用紙は仲介ショップで渡されたもので、この場所の地図と物件の名前が記されていた。

「えーっと、地図はこの場所で合ってますね。でも、あれ? 名前が……」

 少女が見た用紙には、「ひゃくやそう」と平仮名で書いてあった。

「ちょ、ちょっとお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」

「えっ? ああ、うん」

 少女は慌ててスマートフォンを取り出した。
 そしてどこかへ電話をかける。

「もしもし、お世話になっております――」

 おそらく仲介ショップの人だろう。
 今回の入居については、仲介ショップを利用した。
 ネットでこの物件を見つけて、家賃が格安だった事に一目ぼれして電話した。
 それから店に行って話を聞き、この場所の住所と名前の書かれた紙を渡された。
 なんと珍しい事に、正式な契約は実際の住居に行き、その場で大家さんと直接結ぶ形だった。
 だから仲介ショップで知りえた情報は、書類に抱えれた情報だけで、まだ何も手続きはしていない。
 もしこれが何らかの手違いなら、その辺りに原因がありそうだけど……

「――はい。えっ? あーえっと、すぐに取り下げていただけますか? はい……はい、申し訳ありません。また折り返し連絡いたしますので――」

 相手の声は聞えなかったけど、俺はなんとなく状況を察した。
 というより、どうやら予想通りだったようだ。
 
「すいませんでした!」

 電話を終えた少女は、すぐに俺の方へ駆け寄ってきて、それから見事なお辞儀と謝罪の言葉を口にした。

「どうもこちらの手違いで……」

「あー、えっと……とりあえず色々説明してもらえませんか?」

 こうなった状況とか、この場所の事とか……
 色々と知りたいことが山ほどある。

「はい。説明いたしますので、中にお入りください」

 俺は少女の案内で中へ入った。
 中は建物の概観通り貫禄ある旅館のようなだった。
 構造もまさに旅館そのもので、畳が敷かれ障子で区切られた部屋が何部屋もある。
 途中大きな部屋があったけど、おそらくあれは宴会場か何かだろう。
 ますます疑問が増えた。
 俺は案内された座敷に入り、少女はお茶を用意して俺の前に座った。

「あの……本当にすいませんでした」

 少女は再度頭を下げた。

「もう良いですって。それより、えっと……どうしてこうなったか説召してもらう前に、一つだけ先に聞いても良いですか?」

「何でしょう?」

「ここは……この世界は一体何なんですか?」

 疑問はいくつかある。
 その中で一番最初に、一番知りたかった事を俺は聞いた。
 そして少女が答える。

「ここは【裏】――妖怪や人で無い者達が暮らす【裏】の世界です」