「よーく、見てろよ」

そう言って、しばらくエリーの目を引きつけ、シェルは右手の指をぱちんと鳴らした。

「わっ」

指を鳴らしたのと同時に、左手の人差し指の先から炎が発生したのだ。
エリーはぽかんとその指先を見つめる。

「へへっ」

シェルは満足そうに笑い、再び指を鳴らす。
すると、中指の先からまたしても炎が現れる。
それを指の数だけ繰り返す。

「へへー、炎の爪ぇ」

どうだ、とでもいうようにシェルは得意気な顔でエリーの反応を伺う。
エリーはぱちぱちと拍手をした。

「すごい! すごいです!」

リヒトもエリーの頭上で同じように拍手をしている。

「そうそう。オレはすごいんだよ」

嬉しそうに笑うシェル。
エリー程素直な反応をする者は、今まであまりいなかったのだろう。

「はいはい。そんなことより、りんご飴見えて来たわよ」

「そんなことって……」

「わぁ、あれがりんご飴ですか?」

アンナの言葉にエリーは屋台に目を向けた。
アンナの言う通り、りんご飴が見えてきていた。

そしてそれは、エリーの思い描いていたりんご飴の姿をしていなかった。


「りんご飴というか……火の、玉?」

たくさんのりんご飴が、屋台に並べられていた。
しかし全てのりんご飴から炎が出ていた。

どこからどう見ても、屋台が燃えているようにしか見えない。
エリーは唖然としている。

「あれ、美味しいの」

サラが無表情のまま伝える。
エリーは唖然とした表情のまま、サラを見て、再びりんご飴に視線を移した。

「た、食べられるんですか……?」

「やっぱりそう思うわよね」

「僕も小さい時は不思議だったなぁ」

アンナやダニエルが楽しそうに言う。

「あれ、うちの名物。食べられる炎なんだ」

シェルがそう説明をするが、エリーの目は燃えているりんご飴の姿を捉えたままだ。
よほど衝撃を受けたのだろう。

「お前んとこだって、空飛べんだろ?」

「は、はい! 飛びました!」

「それと似たようなもん。形が違うだけで」

「それぞれの都には、それぞれの特徴を活かした物や技術があるんだよ」

シェルとダニエルの言葉にエリーは頷いた。

「なるほど……」

食べられる炎。
挑戦するのは少し怖いが、是非食べてみたいとエリーは思った。


そうこうしているうちに、順番がやってきた。
心臓の鼓動を抑えるように、エリーは胸に手を当てる。

やっぱり屋台は思い切り燃えている。
熱くて、暑い。
リヒトは顔を歪ませている。

屋台の赤髪のおじさんに向けて、アンナが口を開いた。

「六つください」

「あいよ」

そう言って前方で燃えている中に手を突っ込むおじさん。
エリーが心配そうにそれを見つめる。

しかしおじさんは平気そうにりんご飴を掴んでは皆に渡していく。
そして最後におじさんはエリーにりんご飴を渡した。

「あ、ありがとうございます」

屋台の近くはすごく暑いが、手に持ったりんご飴はそれ程熱さが感じられない。
エリーは不思議そうにしながら、列を抜けた皆の後に続く。


「これ、どのようにして食べたら……」

不安げに聞くエリー。
それに返事をするかのように、ウィリアムがりんご飴に噛り付いた。

「あっ」

思わずエリーが声を出す。

ウィリアムの顔が燃えてしまう。
しかしウィリアムは平気そうにもぐもぐしている。

エリーは自分の持っているりんご飴に視線を移す。
燃えている。綺麗に燃えている。

「大丈夫だって」

シェルの言葉に、エリーは頷く。
すると、リヒトがエリーの持っているりんご飴の傍にふわりとやってくる。
一緒に食べるつもりなのだろう。

そんなリヒトと目を合わせる。
そして、同時にりんご飴に噛り付いた。

――甘い。

温かい甘さが口の中に広がる。
不思議な感覚だ。

飴の部分を食べていくと、中はとろとろの焼きりんご。

「……美味しいです」

エリーが頬を緩めて言う。
その幸せそうな表情に、サラが珍しく満足そうに微笑む。

よほどお気に入りの一品なのだろう。

そんなりんご飴を食べながら、皆で街を歩いて行った。



りんご飴ほど特殊な食べ物はなかったが、屋台の食べ物はどれもすごく美味しいものだった。
金魚すくいや射的もやった。しかしエリーは下手だった。


「もうそろそろ広場行くか?」

空が暗くなってきた頃、シェルがそんなことを言い出す。
不思議そうに首を傾げるエリー。

アンナは空を見上げた。

「そうね。そろそろ行きますか」

まるで広場に何かがあるかのように、それを皆が知っているかのように。
当たり前のように、広場に向かって歩き出した。

エリーはリヒトと顔を見合わせる。
やっぱり二人は同じように不思議そうな表情だ。

「……行けばわかる」

そんなエリーの疑問をわかっているような口調で、ウィリアムが隣で口を開く。
反射的にウィリアムを見上げると、頭に手が、再び乗せられた。

「大丈夫だ」

「……はい」

へへ、と笑うエリー。
今日のウィリアムはなんだか機嫌が良さそうだ。
そんなことを思い、エリーはまたへへ、と笑った。




広場に着くと、そこには大量の人間。……と、鬼。

「やっぱり混んでるわねぇ」

アンナが少し声を張って言う。

エリーは皆とはぐれないように、人の波に流されないように一生懸命足に力を入れる。
そんなエリーの手を、ウィリアムがそっと握った。

「……?」

思わずウィリアムの顔をじっと見る。
しかしウィリアムは一切エリーを見ておらず、暗くなった空を見つめている。
それにつられ、エリーも空を見上げた。



すると、大きな音を立てて、空に大きな花が咲いた。

「あっ」

何も知らされていなかったエリーの驚いた声が、広場に響く歓声の中に消えた。

手を伸ばせば届きそうなその大きな花は、咲いてはすぐに消えてしまう。
残されるのはわずかな火薬の匂いだけ。

しかしすぐにまた新たな花火が空に浮かぶ。
広場にいる全員が、空を見上げ嬉しそうに笑っていた。


……これが、火炎の陣なんだ。

胸がいっぱいになったエリーは、ぎゅっとウィリアムの手を握った。


コツン、と音が鳴った。

エリーは目を開けて、起き上がった。
隣のベッドを見てみるが、アンナはぐっすり眠っている。

今は何時だろう。
枕元にはリヒトが気持ちよさそうに眠っている姿。

もう一度コツン、と音がした。窓からだ。
エリーは立ち上がって、音を立てないようにゆっくりと窓を開けた。

「よっ」

聞こえた声に窓の外を見下ろす。
そこには笑顔のシェルがいた。

エリーは不思議そうに目を瞬かせてシェルに声を掛ける。
アンナを起こしてしまう可能性があるため、小声気味だ。

「どうしたんですか?」

「あぁ? 聞こえねぇよ」

シェルが声を張り上げる。
その声の大きさに焦り、エリーはしーっと口元に指を運んだ。

「ったく、しょうがねぇなぁ」

シェルは呟き、周りを見渡す。
そして、宿の入り口の小屋根に飛び乗った。

驚くエリーを気にせず、シェルはまるで猫のように容易く登ってくる。

「よっ」

二度目の挨拶は、エリーのすぐ傍で聞こえた。
エリーの部屋の窓にしゃがむように身を低くしている。

「お、おはようございます……」

驚くエリーは小声で挨拶をして、思わず苦笑する。

「どうかされたんですか?」

「いーや、ちょっと散歩に付き合ってもらおうと思って」

シェルもエリーにつられて小声で話してくれる。

「散歩?」

「おう」

そう言ってシェルはにかっと八重歯を見せて笑う。

「案内してやるよ。火炎の都」

「わぁ、本当ですか?」

「あぁ。玄関で待ってるから、早く来いよ」

そう言ってまた笑い、そのまま窓から跳ぶように降りていった。
エリーが心配そうにその姿を目で追いかける。どうやら無事地面に着地したようだ。

エリーはアンナを起こさないようにして着替える。

リヒトは眠っているし、連れて行くか悩んだが、後で拗ねてしまうと思いワンピースの胸ポケットに入れた。
そのうち起きるだろう。

お散歩に行ってきますと書き置きをテーブルに残し、エリーは部屋を去る。
宿の玄関の扉を開けると、眩しい光がエリーの姿を照らした。

「よっ」

本日三度目だ。

「お待たせしました」

「おう。じゃあ、行くか」

「はい!」

街を歩き始めると、昨日とは随分雰囲気が違うとエリーは感じた。
それがわかっているかのように、シェルは笑った。

「祭りが終わった直後だから、皆いつもより気が抜けてんだよ」

「そうなんですね」

「そのうち皆起き出して片付け始めるぜ」

「シェルはいいんですか?」

「お、オレはいいんだよ」

少し動揺したようにどもるシェル。
エリーは察したようにふふっと笑った。間違いなくすっぽかすつもりだ。

「今日は片付けで入れない店多いんだよなぁ、どこ行くかぁ」

シェルがきょろきょろしながら歩いていく。
その斜め後ろをエリーがついていく。

「お、シェル坊じゃねぇか」

「おっちゃん」

目の前でちょうど開かれた扉からいかつい赤い髪のおじさんが出てきて、シェルに声を掛ける。
……また赤い髪。この街の赤髪の多さにエリーは感心していた。

「どうしたどうした。彼女かぁ?」

エリーの姿を見て、驚いたようにおじさんが目を見開く。
シェルはむっとしたように唇を尖らせた。