「名前も思い出せないとなると、かなり不便よね」

アンナが考え込むように腕を組む。

名前。
確かにかなり不便だ。

「何か呼び名でも考える?」

「え、えっと、お任せできますか……?」

今の自分に人名なんて思い浮かべることはできないだろう。
心の喪失感に気付かないふりをして、曖昧に笑う。

アンナは愉快そうに笑った。

「あら、私のネーミングセンスに賭けようっていうの」

「……やめた方がいい」

「ちょっと、どういう意味よ」

やっと言葉を発したウィリアムの言葉にアンナはわざとらしく頬を膨らませて抗議する。
そしてまたにっこりと笑って少女を見る。

「エリーっていうのはどう?」

ウィリアムは黙ってアンナに視線を移した。
少女はこくりと頷く。
名前を考えてくれたことで、少女は少し自分自身が安定したような気がした。

「ありがとうございます。……とても、いい名前だと思います」

じゃあ決まりね、と笑うアンナに、エリーもまた嬉しそうに笑った。


こうしてエリーと名付けられた記憶喪失の少女と、無愛想で柄の悪い男の同居生活が始まったのだった。