次に筆箱を取り出してノートに自分の要件を書く。

「……何してるの?」

 口の中にあった食べ物を飲み込んだのか、良く聞こえる声で阪南が声を掛けてきた。俺は急いで書き終わらせ、阪南に見せる。

「ふむふむ……トイレ行きたむごっ!?」

 俺は素早く阪南の口に手を置く。一瞬、周りの視線がこっちに集まったが、すぐに元の方へ戻った。そして、口に人差し指を添えて、教室を後にした。

 そうやって廊下の歩いていたタイミングだっただろう。

「お~い!! 昌弘~!」

 後ろから声を掛けられる。振り向くと、その声の主は拓海だった。

「……拓海か」

意識せず、声を上げる。

「? 珍しいな、お前が声上げるの。 声が小さくてよく聞こえなかったが」

 ただ、声が小さくて内容は聞き取りづらかったらしい。まあ、聞こえても聞こえなくても問題のない事なのだが。

「……んで、阪南の方はどうなんだ?」

 阪南の事を聞いてくるとは思っていたが、どう対応すればいいか困る。

 純粋に、どういう状況かがわからないのだ。どう展開を見せるのかもわからないのに、下手に言える筈がない。

「……まあ、無理にとは言わないか」

 拓海はそんな俺の心情的な悩みを察したのかそんな言葉を投げかける。

「んで、今は一体どうしようとしてるんだ?」

「……トイレ」

「なら早く行って来いよ。 少しでも遅れたら大変な事になるぞ」

 ついでに余計な事を言っていたが、気にしないようにする。俺は、手を振ってトイレに急行した。

 トイレで用を済ませた後、教室に戻る。阪南は俺が席に座ったタイミングで、また話を再開させる。彼女は楽しそうな顔で様々な話をする。夢の中での話、通学路で遭遇した出来事に家での出来事。彼女はいざという時の引き出しは十分に用意してある。

 彼女にとって誰かと話を共有し合うという事は楽しい事なのだろう。問題は、彼女が必要以上の口数の多さだという事だろう。

 結局の所、話は授業が始まる直前まで続いたのだ。話の後半は完全に上の空でまったく内容を覚えていない。

 上の空の状態のまま授業を受けてしまったため、次いでに授業の方も全然頭が入らずじまいだった。

 そんな調子で、残りの授業は終わった。終わりの挨拶を済ませた後、さっさと帰ろうとした。しかし、彼女はそうさせてはくれなかった。

「……ねね、もう帰っちゃうの?」

 返答するのも嫌だった。でも、返さないのはかえって逆効果だ。俺はノートを使って、伝えたい内容を書いた。

「今日は疲れたから、一人で帰る」と。