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「悪い、阪南の家どこかは知らんな……」

 即答だった。阪南の家を知っていそうなやつは拓海しかいないと思って声を掛けたのに結果はこれだった。

「そうか……」

「お前、阪南の家に行ってどうすんだよ? 愛の告白か?」

「違う。……告白するのは愛じゃない」

 俺はそう、断言した。今は俺と阪南の間に愛は無いと認識しているからそう言っただけだ。もし阪南が俺に恋をしているとかもあるかもしれないが、今はそんな悠長な事を考えるより、まず阪南と会う方法を考えるのが先だった。

 しかし、こういう情報探しの時に頼りになるやつといえば、拓海ぐらいではあったが彼は知らないという。……まあ、知っていてもそう容易く教えてくれはしないだろう。

「……そっか。まあ、あいつん家に行くチャンスはあるかもしれないし、もしなかったとしてもくまなく探したり……どのみち厳しいだろうけど、それでもやるんだろ?」

「ああ」

 俺は、すぐに答えをだした。それには、一瞬の迷いもなかった。まず、一人ずつ話を付けてからにしなければならない。


 そして、昼休みになった。皆が昼食を取り始めて盛り上がる中、俺は弁当を急いで食べ終わった後、一人で教室から出て行った。無論、教室の空気が悪いからではなかった。まだ一人、話を聞いていない相手に会うために。

 1年の教室は俺達2年の教室とは階が違う。といっても割とすぐに行けるため、それほど大変というわけではない。
 
 クラスは1―4。拓海から事前に聞いていたクラスの教室は割と端の方だった。

「すみません、若木さんは居ませんか?」

 少し、固い言い回しだったと思う。そもそも1年相手なのだからもうちょっと柔らかい言い回しはできなかったのかと自分で思った。

「あ、はい……江口先輩?」

「ああ、ちょ……っと、話したいことがあってだな……」

「……は、はあ」

 少し困惑気味だったから、秋はわかりましたとこくりと頷いて、一緒にいた友達と思わしき後輩数人に何かを言ってから俺の方へやってきた。

「それじゃ、あのベンチがある広場で話すから」

 秋は少し、困惑していたがそれでも了承してくれた。とてもあり難がった。俺達はあの広場に向かっていった。


 このコンクリで固められた足場にぽつりとベンチのある広場は阪南が俺達を集める時にたまに使っていた場所だった。ここで、皆で盛り上がっていた、この場所でどうしても秋に話しておきたかった。

「秋、俺はこれから阪南に会いに行こうと思うんだ」

「……え? 急にどうしたんですか?」

 彼は本格的に訳が分からないという顔になっていた。それは、わからなくもない。

「でも、俺は阪南の家がどこにあるのか知らない。だから、家を探す事にしたんだ」

「つまり……僕にも手伝ってくださいと?」

 それも、そうではあるのだが本当に聞きたい事は別にあった。俺は、本題を切り出した。

「それも、そうだ。でも一つ聞きたいのは、秋が阪南の事どう思っているか? なんだ」


 秋は、少し苦い顔をする。そして、太陽の光は遮られて影の密度は薄くなる。

「僕は……」

「……まあ、お前ならそういうかもしれない」

 秋が言葉を濁らせている様子を見てなんとなく察した。

彼は自分には阪南といる権利はないと思っているはずだ。なんとなく、彼の人柄としては納得の行動だ。けれど、それではだめなのだ。

「でも、お前だって阪南の友達なんだよ」

「そんな事言われても……」

「お願いだ。俺に協力してくれ。お前には、阪南に恩があるはずなんだ」

 秋は戸惑った顔をして、どう答えればいいのかわからない……そんな顔をしていたようだった。

「……少し、考えさせてくれないですか?」

 彼のめいっぱいの答えはそれだった。やはり俺だけだと難しかったようだった。

「なに、その答え」

「え?」

 そのキツイ口調で秋の答えをかなぐりすてた。それは、一人だけしかいない。

「……神無月先輩?」

 驚きの相手が出てきた。大体、このタイミングで偶然現れるにしては良すぎる。……ということは、後を付けてきたという事なのか?

「夢から聞いたわよ。秋とだけ確認が取れてないからでしょ?」

 俺は頷いた。田月とは御崎さんを通じて確認済み。御崎さんはもとよりそのつもりである。そして、神無月は先の時間で聞いていたのだ。

「……それで、その『考えさせてください』は一体どうなのよ?」

 ずけずけと神無月は踏み込む。秋は言葉をめぐり巡らせて答えを出している様だった。

「まだ、考えがまとまらないんです」

「考えがまとまらない? なんで」

「色々ありすぎていて、本当にどうかわからないんです」

「それが理由なの? 本当はわかっているはずなんじゃないの?」

 そんなやり取りが二人の間で延々と続いて行った。俺はもう完全に蚊帳の外だ。

「とにかくっ」

 神無月の一言が延々と続いたやり取りに一旦の止めをさす。そして、一瞬の間を置いて神無月は切実に訴えかける。

「友人なんだから! 彼女がちゃんと向き合えるように私達もしなきゃいけないの!」

 そして、秋の肩をぐっと掴んだと思ったら、揺さぶりをかける。

「だから! あんたがここで男になりなさいよ‼」

 はっきりと、面を向かって神無月は秋に訴えかけた。気づけば、太陽の光が俺達を照らしていた。

「先輩……」

 秋は穏やかで、温かみのある顔になる。今まで見た中でとても自然な形で。

「……わかりました。俺も、神子先輩のために頑張ります」

 これで、全員揃った。


 その日の終わりのホームルーム、俺は阪南と邂逅できるチャンスに今、遭遇していたのだ。先生が挨拶の前に、阪南の家に連絡を渡してほしいという旨の話を切り出してきたのだ。

 あまりにも、タイミングが良かった。俺は、このチャンスを逃さまいという勢いで、気づけば届けに行くと手を挙げたのだ。