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 放課後、彼女は突然やってきた

「あの……江口さん」

 彼女、御崎さんは小声で話しかけてきたのだ。何故、突然声を掛けてきたのかはなんとなく察する事ができた。俺は、学校内にあるあの広場に行く事を提案した。


「……それで、俺に話っていうのは」

 広場のベンチに並んで一言、二言重ねてから、要件を聞いてみる事にしてみた。そうした方がまだ安心できるだろうと思っての事だった。

「は、はい……実は、」

 一瞬、口ごもった。御崎さんは何度も「実は、」を小声で数回繰り返す。と思うと突然大口を出して叫ぶ。

「今日、田月くんに告白するんです!」

 その大声は反響することはない。しかし、その声の中身はとても重大なものだった。

「……はい?」

 告白する。それは、1学期の時点で済まされたのでは? と思った。俺は間違いなく御崎さんが田月に告白する直前の所を見た。なら、何故彼女は告白するのか。

「……あの、なかなか言えなくてすみません……。私、二人がいないときに告白を実行しようとした時に、思わず……」

「ど……どういうことだ?」

「じ、実はですね……」

 彼女が言うには、1学期に田月と二人きりになった際に告白しようと思ったのだが、さすがに1回会っただけなのにいきなりは厳しく、思わず友達になってくださいと口走ってしまったらしい。……これを聞いた瞬間、俺は頭が痛くなって手で額を押さえた。

 よく考えたらまだ出会った事すらない人物に対して『好きです』と告白するだけでもかなりの勇気があるのに。彼女に無理難題を押し付けてしまっていた。

「あの、すみません……」

「……いや、それはこっちが悪かった奴だから大丈夫。で、友達になってくださいと告白した後は……まあ、一つしかないな」

「……はい、成功しました」

 それしかないだろうな、と思った。これ以外に答えがあるとしたら、二人が仲良くなれないままだっただろう。

「でもな、俺にその報告をする理由はないだろ……?」
 
 俺としては、わざわざ告白するという報告をしてもらう理由はないと思った。元を辿れば、阪南が自ら進んでやった事なのだからむしろ迷惑もあったのかもしれないと今では思った。

「江口さんに報告する理由はあります」

 彼女はきっぱりとあると断言した。一体何故? そんな疑問に対しての答えはすぐにでた。

「私、二人がいなかったら田月くんに近づきすらもできなかったと思うんです。でも、二人に頼りっぱなしだったのに、素直に告白すらできなかった事……後悔しました」

 それは、彼女が告げた俺達への感謝と、決断だった。


 御崎さんからの話が終わった後は、一人で学校を出て行った。御崎さんは明日、うまくいったか否かを伝えると言っていた。

 御崎さんの純粋さが、今はとてもまぶしいものに感じられた。なのに、

 そこまでしなくてもいいと思った。

 俺が、本当に心強い人間ではないと自分でもわかっているのだから、余計にそう思った。学校の方を見やる。建物を照らす夕焼けと、建物が作る影のコントラストが、どこか恐ろしかった。

 そして翌日。御崎さんは告白の結果を約束通り伝えに現れた。その結果は、成功だったそうだ。普通に断られる事もなく、ただすんなりと受け入れられたという事だ。

 ただ、結果を言いに来た際の御崎さんがどうも、嬉しそうではないのが気になった。いや、半分嬉しそうで、半分そうではない……そんな中途半端さがあった、と言った方が正しい。

「……どうしたんだ?」

 俺は、さりげなさを装う様に疑問をぶつけた。御崎さんは下を向いて、話す。

「神子ちゃんがいないと、違和感があるな……って思ったんです」

 少しずつ、唇が力んだ。何故、そうなったのかがあまりわからなかった。御崎さんには気づかれていない様に思った。唇を緩める。

「違和感が、ある……?」

 平然を装う。ここで乱れてしまってはまずいと思ったからだった。

「……江口さんも、そう思っているんじゃないんですか?」

 目を見開いた。何も、言えなかった。

「江口さんも、神子ちゃんがいない今に違和感があると思います」

 真剣な眼差しで、彼女はそう言った。ただ俺を一点に見つめている、その瞳で。

「私、江口さんが神子ちゃんといた時と全然人が違う気がしてならないんです」

 阪南といた時から、変わってしまった? 意味がわからなかった。すると、不思議と今までの出来事が今起きたかの様に頭の中に流れていく。

 俺が初めて阪南と出会った日、俺たちの交流が始まった川の出来事、そして御崎さんと田月と出会う5月初めの買い物の付き合い、見つけた喫茶店でのやりとり、神無月と秋の喧嘩を仲裁するために行動を起こした6月。

 やっと、わかった気がした。


 俺は、阪南がいたから変われたのだと。


「ごめんなさい……でも、5月の初めからずっと二人と交流してからそう思ったんです」

 半分聞こえて、半分聞こえなかった。理解はできなかった。俺はただ、その事実……それだけが脳を埋め尽くす。

 俺は、彼女がいたから変わった。変わる事ができた。それが、事実なのだ。思えば、御崎さんは一度『よく喋るようになった』と言っていた。それなのに、俺は気のせいとして処理をしてしまった。

 御崎さんが「どうしたんですか?」と言った様に思った。何と言ったのかがわからない。ただ、俺はずっとこの考えだけしかなかった。それ以外が見えなくなる程に。

 ――阪南に、感謝と想いをぶつけたいと。