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 俺は、そんな過去を何故か思い出していた。俺にとってはとても忘れたい暗い思い出だというのに。

 多分、それは今のこの状況が原因だったのだろう。

 未だに、阪南と連絡が取れていなかった。俺は自分の部屋の床に背を当てていた。

 その近くには、少しものが散乱していたが、片付けようという気力は沸かなかった。

 今日も電話を掛けてみたのだ。しかし、電話は届かなかった。

 始業式に阪南が転校する事を伝えられてから初めての休日だった。まだ夏の空気は残っていたが、少しずつ秋らしさで彩られていっている。

 10月まで、後1ヵ月しかないのに。1ヵ月しかないのに、阪南に出会うチャンスが無い。唯一連絡が取れる電話も、ずっと音信不通の状態が続いている。

「……はあ」

 ため息が出る。ここ最近は毎日ため息が出続けている。その意味は、後悔なのか、諦めなのか。それは、俺にはわからない。

 とにかく重い気分だった。気分を軽くさせるために、外に出てみようと思った。まだ、暑さは残っているので、上は半袖。下は薄い長ズボンを着る事にした。

「母さん、外行ってくる」

「わかったー」

 母の声が聞こえる。晴れない中でも、母の声は少し気楽で、明るい。

「どこいくのー?」

「どこにでも」

 そう言って、俺は家を出て行った。行く宛はどこにもない。どこに行こうかすら考えていなかった。ただ、歩きたいという気持ちが外へ出ようと後押しをしただけだ。

 夏と、秋の境目だというのに、外はイマイチ晴れていない。

 街中を歩いていく。この辺りは住宅街の比率が高く、ビルが建っている場所と言えば駅前に集中している。夏の暑さ、温かさは未だに残っている。もうすぐ季節が秋になるとは思えなかったぐらいだ。

 不意に足を止める。そこには、公園があった。少しさびついた設置物が見える。新しいものもいいが、少しさびついていたらとても公園らしいと思う自分がいた。

「……あんた」

 誰かに声を掛けられる。声を掛けられた方を向く。

「……神無月か」

「……やっぱり江口くんだったのね」

 声の主は、神無月だった。遊園地に遊びに行ったあの日から疎遠になっていた。それは、神無月だけではない。御崎さんも、田月も、秋も、そして阪南とも。

「ねえ、ここ最近どうしてたの?」

 普通なら、こういった事も軽く言っているのかもしれなかった。しかし、神無月は逆に重く言っている様な気がした。

「……別に」

 それだけで、この話は終わってしまった。神無月の方をちらりと見てみると、顔に少しばかり余裕の無さが見えた。そう、思っていただけかもしれない。

「ねえ、ちょっと場所移そう?」

 突然、提案されて俺は一瞬理解が出来なかった。どうして場所を移すのだろう。どう考えても、答えに辿りつけるとは思えなかったので、放棄する。

「……わかった」

「成立ね」

 彼女の顔はいつもの少し強気な表情だった。しかし、そこには少しの微笑みが含まれていた。

「おい、まさかここって……」

 思わぬ場所に驚愕してしまった。神無月に言われるまま来た場所というのは、度々阪南が俺や他の友達を誘う時にいつも使っている商店街の喫茶店だったからだ。

 神無月はキョトンとした顔でこちらを振り向いてくる。特に、問題はないでしょ――そんな眼つきでこちらに拒否権を与えさせようとしない。そして、前に向きなおした彼女はドアを開けて喫茶店の中に入っていった。