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「よお、昌弘!」

 教室に入って聞いた第1声が拓海のものだった。拓海は俺の席に座っていたので、とりあえず荷物を置く。

「……もう1学期も終了だってな」

「おお、そうみたいだな。もう3分の1が終わったという事か」

 3分の1が終わった。一言で言ってみれば、あっさりとしたものだったが、それは本当に重みのあるような事だった。もう、3分の1が終わってしまったと言う事なのだ。

 阪南と一緒に居たのが、3か月弱程でそれがあっという間という感覚がとても重みがあって、ずっしりとのしかかってくる。

「……ん? 阪南じゃん! おはよう!」

 拓海の声に合わせて振り向くと、そこには通学カバンを背負っている阪南がいた。しかし、その様子は昨日までと明らかに違った。

「……おはよう」

 元気が無かった。挨拶からはいつもの元気いっぱいで「おはよう!」と言うのに、今日は違った。やる気がない、そんな挨拶だった。

「ん? どうかしたのか?」

「あっ……何でもない」

 そう言って黙りこくる。それから、しばらくの沈黙があった。俺も、拓海も、阪南にどう声を掛ければいいのかわからないのだ。今まで阪南が元気のない事が一度も無かったので、どうすればいいのかわからなかったのだ。

「……と、とりあえず座ろ、もうすぐ先生来るし」

 阪南は俺をそそのかして、席に座らせようとする。しかし、生憎俺の席には拓海が座っていたので、座る事は出来ない。拓海は一瞬の判断で席から立つ。

「拓海くんも、ほら、早く座ろ?」

「おっ……おお」

 流石の拓海も困惑気味だった。そうだろう。彼女がこんな一面を見せるのは今までで初めてだった。

 阪南の変化の意味は、まだわからなかった。

  *

「それでは、これからくじ引きを始めますので皆さん一つずつ引いて行ってください……」

 先生が言う。席替えで、次の席を決めるためのものとして、くじ引きをする事になったのだ。このくじ引きの結果で、2学期からの新しい席が決まる。

 一つ、残念だと言える事は阪南と席が離れてしまうと言う事だろう。今の席では、いつも彼女が横から話しかけてくれたのだが、2学期からはそれが無くなると言う事だ。無理もなかった。

 しかし、その阪南はなんだか元気が無い様子だった。くじを引く番になっても、彼女は遅れて反応していたので、何か思い詰めている事でもあるのだろうか。

 しかし、昨日はまだ元気だったはずだ。という事は、家に帰った後に何かあったのだろう。

「阪南、今日は一緒に帰るか?」

 放課後、俺は横の席にいた阪南に声を掛ける。阪南は少し驚いたかと思うと、微笑んで「うん」と答える。微笑みは、どう見ても自然では無かった。


「……なあ」

 帰宅中、俺は阪南に声を掛ける。一緒に歩き始めてから数分は経つのだが、いつものようなマシンガントークは全然してこず、斜め下を向いて俺の横を歩いていた。

「あの後、一体何があったんだ?」

 俺は質問をしてみる。あの後、一体何かあったのかが知りたかったのだ。すると、阪南は驚いた顔をしてこちらの方に顔を少しずつ向かせる。

「ごめん、心配かけちゃった? 何でもないから」

 そう言うと、阪南は少し笑い声を上げる。阪南が笑い声を出す事は今まで無かった筈なのに、何故今。

「……阪南、お前」

「あっ、もうすぐいつもの所に着くからここでお別れだね。じゃあね」

 俺の言葉を遮った阪南は言った。前の方を見ると、そこはいつもの交差点だった。気が付くと、阪南は駆け足で信号を渡っていってしまっていた。

「……一体何があったんだよ」

 俺は、それを見る事しかできなかった。何故、この時追いかける事が出来なかったのだろう。