*
土曜日、俺は阪南からの電話で今日は喫茶店に行って話し合いをする日だという事を聞くまで、用事をすっかり忘れていた。急いで準備をして外に出る。実は、6月終わり頃に連絡を交換していたのだが、それが活かされた形になる。
「遅~い! 遅いよ!」
阪南が商店街前で待っていた。俺が遅れた事を謝った後は、喫茶店まで歩いていく事になった。どうやら俺以外は全員喫茶店で集合していたらしい。
「もー! 遅れたの昌弘だけだよー⁉」
「だから、悪いって言ってるじゃん」
「ぶー」
阪南は頬を膨らませる。彼女の顔だちはしっかりとしているため、その顔も男子受けには十分なぐらい愛らしい……とは思ったが、心の底からは到底思えなかった。
あの喫茶店前まで行く。阪南が扉を開けて先に入っていった。俺はその後に続いて入る。
「あ、江口先輩やっときましたね」
秋から始まり、全員にそう言われた。俺が悪いのはわかっているからそれはやめてほしい。
「……じゃ、早速夏休みどこいくか話し合いましょ」
阪南は仕切りなおす様に話し合いを始める事を促す。そう思えば、彼女が大体何かしらの始まりだった。この3か月間、ずっとそうだったような……。
そんな回想を挟ませる間も無く、話し合いは進んでいった。
「僕としては、楽しめる場所がいいと思いますよ……大人数ですし」
「私、静かな場所が好きだけど……皆で楽しむのならどこでもいいですよ」
「私はショッピングモール行ってみたい! なんか皆で買い物するの楽しいじゃん!」
「いや、そうは言っても何も買うものないだろ」
遊びのための会議はどれだけ時間が経ったのかわからないぐらいには白熱していた。皆が皆、アイディアを出し続けて、どんな所がいいか入念に話あった。遊ぶために話し合っているだけなのに、ここまで楽しめるのが自分としてもすごく、驚いていた。
「ちょっと待ちなさい」
彼女の一言によって、その話し合いは止まった。全員、神無月の方へと注目していった。
「まだ一つ挙がってないものがあるでしょ? ……阪南、わかる?」
「ん~? ……海?」
「確かにそれもそうだけど……私としては、遊園地が良いんじゃないかな……と」
神無月から挙がったのは、複数人で楽しむ施設でお馴染みの遊園地だ。俺は遊園地に行った事があるのは幼稚園の時ぐらいなので、少し興味を持ったが周りはと言うと……。
「でも、お金かからないですか?」
「そうですよ、遊園地って楽しいんですけど、結構お金かかりますよ」
少し難色を示していた。どうやら、金額に関する話が問題だったようだ。
「あら? 皆そこまでお金持ってないの?」
全員一斉に頷く。……遊園地はちょっと厳しいのか? そんな疑問を浮かび上がる。
「……なら、私が全部払うわ」
神無月からとんでもない発言が出る。全部払う? 自分ひとりで?
「いや、何言ってるんだよ……」
「大丈夫よ、私のお父様は大会社の会長だしお金なら余りに余ってるから」
「えっ⁉ 美代ちゃんの家ってそんなに大金持ちだったの⁉」
阪南が驚きの声を上げる。それは、周りも同じ事だったのだろう。だって彼女から何も聞かされていない事をここでさりげなく聞かされては、驚くのも無理は無い。
「あら? 言ってなかったっけ?」
「言ってないよ‼ 驚いたよ‼」
「ごめん,ごめん。何も言ってなかったわね。まあ、でも一応お嬢様という事。後、お嬢様学校とかじゃなくて一般的な中学校に通ってるのは私の希望だから、ね? いきなり現実味の無い話だろうけど、信じてね」
そう言って、神無月は口元に人差し指を置く。まさか、神無月がお嬢様だったとは誰もが意外だっただろう。
この事が決めてとなり、夏休みに遊びに行く場所は遊園地……さらに、行けたらとびきりの高額がかかる場所にすると言う事になった。神無月は行けなかったらレベルが下がるかもしれないけどそこはよろしくと言っていたが、それを抜きにしても非常にありがたい事だった。
「すごく頼りになる人いて良かった! 友達っていいよね!」
「何だそれ……」
ちなみに、今日の集まりでの会計は俺に任された。いつの間にか満場一致で俺が支払う事で決定したのだ。
「じゃ、よろしくー!」
俺を残し、最後に店内からでたのは阪南だった。何故、毎度の如く俺がこういう細かい事をしなければならないのか、都合がいいからなのか、わからない。
考えても仕方のない事なので、さっさと会計を済ませる事にする。
「あの、すみません」
「あ、……お会計ね」
喫茶店の若い女性のオーナーである、亜美さんは俺の声に気づくと笑顔で対応する。これを一人で切り盛りするのは結構大変だろうと、いつも思っている。
「あなたの周り、ずいぶん友達できたじゃない?」
「え……と、そう、ですかね」
いつもいるメンバーではないと、いつも俺はこんな感じに飛び飛びに発言をしてしまう。まだ、他の人との会話には慣れていないという感じなのかは、よくわからない。
「……まあ、私が言うのもなんだけど、どんな事があってもしっかりと前をみないとダメよ」
「は……はあ」
これを言った時だけ、妙に真剣な顔だった。そして、亜美さんは金額を伝えた。そこには、いつもの笑顔があった。
「あ、戻ってきたね! それじゃ帰ろっか」
お店から出ると全員が待っていた。俺は阪南に同意して全員で帰える事にした。
商店街を歩いていると、何となく気づく事がある。この商店街は3つの交差点が一定の距離感にある事だったり、昔ながらのコーヒー店があったり、少し道を外れて路地の方へ行くと居酒屋がたくさん経営していたり……そんな細かい事に今更のように気づいていた。
「楽しみだよね~」
「そうですね……! 遊園地行けるの、とてもわくわくします」
「流石、神無月先輩ですね」
「流石じゃないわ、当然よ」
そんな会話が繰り広げられている。そんな中、田月が俺の横に移動して話しかけてくる。
「ひとつ、聞いていいですか?」
「? 何をだ」
「あの喫茶店の若いオーナーの人と何か話していたでしょう。少し深刻そうな雰囲気ありましたよ」
突然の事に困惑する。確かに窓から中の様子が見えるのだが彼は、よくそんな細かい顔の変化に気づけたとは思う。
「ああ……多分、亜美さん心配しているだけだと思うから」
「そうですかね……なんとなく、なんですが。彼女、近い内にそうなるのかもしれないと感じて忠告しています……そんな顔でしたよ?」
田月は、妙に勘ぐり深い様子で聞いてくる。俺に言われても、それがどういう意味なのかがわかりにくい。
「……まあ、大丈夫だと思っとけばいいと思う」
「そうだといいんですが……」
田月はあまり、納得のいっていない様子だった。それを見ていると、こっちまで心配してきてしまう。他のメンバーが楽しそうに会話している分、余計に。
「あのさ……俺」
「あの! 田月さんはどう思いますか?」
御崎さんが、横から田月に声を掛けてくる。田月は驚いて、御崎さん達の方へ向いた。
「えっ……何が、ですか?」
「何って……聞いてなかったの? アトラクションの話だって!」
阪南が今の話の内容を説明する。どうやら、4人でどのアトラクションをいくのか話し込んでいたらしい。
「ほら! 田月はどこ行ってみたいの⁉」
そうして、田月も会話の中に引っ張られていく。俺は、一人考え事をする。亜美さんの言っていた事、田月の懸念している事。それが、一体どういう意味をもたらすのか。
その時は、まったく考えられなかった。もうすぐ、商店街の出口が見えてきた。