「じゃ、帰ろっか」

 放課後、阪南はそう言って先導して帰る。この光景ももう見慣れてきた。阪南の隣を歩きながら、そう思う。

「そういえば、私こんなのがいいんじゃないかな~って思ってたりしてて……」

 この突然の様に始まるマシンガントークは相変わらず慣れないが。そういえば、このマシンガントーク、聞く頻度が減ってきているような気がする。

「この服いいんじゃないとか言ったりしたら、怒っちゃってどうしてって……」

 彼女は話している時はとびきりの笑顔で話している。よくそんなに話のタネがこんなにも出てくるなと相変わらず関心する。俺が話に介入する事なんて、とてもではないが無理だった。


 学校から出ると、太陽がまだ地面を照らしていた。夏が近づくと、4、5時とかでもまだ明るい。

帰路を歩き始める。少し時間が遅いため、部活が終わって帰っただろう生徒達がいる。部活でニフォームを着用しているらしく、どんなユニフォームを着ているかでどの部活の生徒かも良く分かる。

「……ちょっとー、聞いてるの~?」

「あ。悪い、聞いてなかった」

「やっぱり~!」

 阪南が不満そうな表情でこちらを見てくるので、咄嗟で謝る。その表情はもっと不満に満ちてしまったが……。

「ぼっとしちゃって~……お気に入りの話なのに」

 最初は、この発言で気になったり気を病んだりしていたが、俺が聞いていないと知る度に言ってくるので、少しげんなりしていたりする。本人には一言も言ってないが。

「も~……あ、分かれ道来たね」

 俺達が帰る時、大体十数分程歩くと丁度ある交差点の所で帰路が別々になるので、大体そこで別れている。

「んじゃ、またな」

「うん! じゃあね~!」

 そう言って、俺達は別々の道を歩いて別れる。今日は、信号が青だったので俺が先に帰れた。一方、阪南の方は信号が青になるのを待っている様子だった。少し、待ちきれなさそうな様子だった。



「……ただいま」

 そう小さな声で呟いた。リビングの方から母の「おかえり~!」の声が聞こえる。よく聞こえるものだな、と思いつつまっすぐ2階へ上がる階段に上がっていく。

 部屋に入った瞬間、鞄を適当な場所に置いて、俺はそのままベッドに大の字になって飛び込む。ベッドの隣の窓にはすっきりとした赤い空が窓越しに部屋を照らす。

 今日も、何事も無くて良かった。明日、何もなかったらいいのだが……。

   *(ここまで掲載済み)

 しかし、そうはいかないのが人生なのだと痛感する。

「……あんた、一体なんなの⁉」」

「何言ってるんですか、先輩。そんなに怒らなくても」

「いや、少し下心あるでしょ⁉ ねえ⁉」

 ……凄い口論だ。朝学校に着いたら男子と女子がこんな大事を起こしているとは。その規模は、周りに野次が出来るほどだった。

会話を聞くと、やや茶髪のロングウェーブがかかった女子の方が先輩で、サラサラでやや短髪な男子の方が後輩と言う事だ。ちなみにどちらも顔は結構良い方だ。朝から一体何があったのか。この女子の方には友人らしき女子生徒がいるが、彼らにこの口論は止めようがないらしい。

 すると、野次がやや動く。誰かが入り込んだらしい。まあ、俺には関係のないような事だから別に問題ないだろう……。

「ちょっと、ちょっと! アッキーがセクハラまがいの事する訳ないじゃん‼」

 ……何故、お前が二人の間に入ってくるんだよ。女子の友人の方は何しているのという風に顔を手で覆っている。完全にやっちゃったな……。

「はあ⁉ 阪南神子、あんたが入る隙は無いのよ⁉ これは、私とこいつ二人だけの問題‼」

「何言ってるの⁉ 仲の良い後輩がこんな疑惑を叩きつけられて何もせず見てろって言うの⁉ そんなの友達失格なんだから‼」

「ちょ、ちょっと神子先輩……」

 今、聞き捨てならない事が聞こえたような気がした。そう、とても聞き捨てならないその発言。

『仲の良い後輩』

 まさかとは思うが、彼は昨日、阪南が言っていた……?

「とりあえず、そんな決めつけやめてほしいよ! わざとじゃないんだから、ね?」

 阪南は彼に同感するよう求める。彼はそれに気づいたのか頷く。
 
「ふん! それなら仕方ないわね。でも! 今日の事、絶対忘れないから‼」

 彼女の方はそれで参った様子なのか、友達らしき女子にこの場を去るよう呼びかけ、この場の騒動は終わりを迎え、周りに居た野次もどこかへ消えて行った。

「あ、ありがとうございます、神子先輩」

「いいの、いいの。アッキーが変な言いがかりを付けられてるのみたら黙ってられないんだからね!」

 なんか、平和に終わっているようだがそんな事よりも、

「おい、阪南」

「ん?」

 俺の声と同時に二人がこちらを向く。まあ、そりゃあそうなるだろうな。

「ああ、昌弘か」

 阪南は少しそっけない返事をしてきた。こちらの事、どうでもいいのかお前は……。

「あの……神子先輩、こちらは」

「ん? ……ああ、言ってなかった。こちら、私の友人江口(えぐち)昌(まさ)弘(ひろ)くんです!」

 阪南は俺を、後輩男子に紹介する。彼は、なるほどと合店がいった模様で、こちらに礼をする。

「はじめまして、江口先輩。僕、若木(わかき)秋(しゅう)って言います」

「ああ、若木、……くんね」

 どう対応すればいいか、困惑して言葉が少し飛び飛びになってしまった。彼――秋は俺の様子に疑問を抱いたのか、少し眺める。そこに、阪南が「昌弘、ほとんど無口だから多分慣れていないのよ」と説明をした。少し、恥ずかしい。

「へえ……そうなんですか」

 そう秋が返すと、彼に笑顔が出来る。優しそうな王子様……そんな表現が似合うぐらい、爽やかな笑顔だった。

「改めて、よろしくお願いします」

 そして、また頭を下げられる。俺はやはり返しに困る。この後輩の事は少し、苦手だ。


「……ええ⁉ あの人と遭遇する度にいつもトラブルが起きてるの⁉」

 教室に向かう道中、阪南は彼から事情を聞き、驚いているようだった。少し無理も無いだろう。秋の話によると、あの先輩の女子とは出会う度に何かしらのトラブルに発展すると言う事なのだ。

「何度もただの偶然で、悪意や他意は無いって何度も言っているんですが、あまりに起こり過ぎていて最近信じられてないんですよ……」

 彼にとっても相当悩ましい事であることは想像し難くないだろう。こんな事が毎回起きたら、少し疲れてくるだろう。

「う~ん……、そうねぇ~……」

 阪南も少しばかり頭を悩ませている様子だった。……何故阪南が頭を悩ませているのか。まさか、

「それ、私が解決するわ」

 ……やはり言うと思った。そして、次にこういうのだろう。

「昌弘もそうしてくれるよね?」……と。

 やはり、来てしまったのだ。次の騒動の始まりが、今日来てしまった。昨日のあの発言はまさに前兆ともいえるものだったのだ。まず、返しをどうするかだ。

「……そうしてくれるよね?」

「…………はい」

 強制されているわけではないが、謎の圧力をかけられ、素直に応じる事しかできなかった。これで、もう俺も協力する事が確定してしまった事になる。

「んじゃ、早速相手に話を聞いていきましょ」

「突然すぎるぞ……というか、それいきなりやってうまくいくと思うか?」

「思う!」

 阪南は問いかけにきっぱりと断言する。もうこれは結末を見守るしかないな……。

「……んで、相手がどの学年でどんな名前かわかるのか?」

「う……」

 だろうな。その行動を起こすには彼女本人がいないとならないのだが、肝心の彼女がどこかへ行ってしまったため、どこにいるのかわからない。そして、彼女の事を何も知らないために、どこへ行ったら彼女と会えるのかわからないのだ。

「おいお~い、何やってんだ二人でー」

 大あくびをしながら、拓海がこちらへ挨拶をせずやってくる。こいつはいつでものんきだな……と思ったが、丁度いいタイミングに来た。すかさず、俺はノートに書き込み拓海に渡す。

『ちょっと話があるから、阪南に聞いてくれ』

「……ん? 何か俺、少し便利に扱われてる?」

 それは元からだが。



「というわけで、彼女のクラスの前まで来たよ~!」

 阪南から事情を聞いた拓海が、共通点や最近起きた学校の出来事と照らし合わせて、彼女が2―3組の神無月美代の可能性があるという事がわかったので、2―3の前にやってきたという事だ。

「じゃ、早速聞きに行くよ!」

「待て、人違いの可能性も考慮しろと拓海から聞いてるだろ」

「え~……」

 ガッカリそうな顔をしてこちらを見てくる。そんな顔されてもダメなものはダメなのだが。

「……あら、あなた」

 そこに誰かが声を掛けてくる。声が聞こえた方を向くと、そこには秋と口論になっていたあの少女がいた。

「あ! あなた……えっと」

「私の名前知らないの⁉ まったく……私は神無月美代よ! 美・代!」

 拓海の予測、すごい当たってたんだな……。心の中で冷静な感想を述べていると、阪南が神無月に対し、すごい喰いかかってくる。


「美代さんね! ……それで、私たちあなたに話をしたいんだけど」

「ああ、……断るわ。どうせ彼と和解しろという事でしょ? そんなのお断りだから」

 そうとう頑固な頭をしているな。というか、俺達がやってきた目的を察した上で断られるとは……。

「だから、帰りなさい。私に何話しても無駄だから‼」

 無駄という言葉を強調する。阪南の方を見ると、顔が少し膨れている。……これは無理そうだな。

「……阪南、行くぞ」

 そう言って阪南の手を引っ張ってその場を去った。