真生が部屋に戻ってきたとき、高坂は、あのレコードのジャケットを見ていた。
「ありがとうございました。
気持ちのいいお湯でした」
と言うと、
「……そうか。それはよかった」
と言って、高坂はレコードの入ったジャケットを真生に渡す。
「それは一枚しかないんだ。
叔父が出征する前に、自腹で作ったレコードだからな」
黒いつるつるした簡素なジャケットにはタイトルもなにも書いてはいなかった。
「題名さえついていない未完のその曲をどんな思いで作ったんだろうな」
と言いながら、高坂は上からそれを眺める。
なんとなく愛おしげだった。
そうだろうな、と思う。
この曲にはこの時代を生きた人たちの思いが詰まっている気がするから。