だが、この人、どこかで見たような、と思ったとき、彼女のあとから、もうひとり降りてきた。

 その人物の姿に真生は、ぎょっとする。

 ハットを被っている紳士なのだが、その顔も首も何もかもが包帯で覆われていた。

 おまけに黒い革のマスクまでしている。

 明らかに怪しい人物だと思ったのだが。

 黒いマスクに関しては、この時代、よく使われていたものだと後で聞かされた。

「あれが院長だ」
と高坂が耳許でささやく。

 すると、甲斐甲斐しく世話を焼いているハットの女が昭子だろう。

 その姿を見ながら、高坂は鼻で笑った。

「或る日、院長がグルグル巻きの包帯姿で現れた。

 手当をしたという松村という医師は顔色が悪く、なにも語らない。

 それから、夫婦仲が悪かったはずの昭子がずっとあんな調子なんだ」

「夫婦喧嘩の末、大怪我させたので、バツが悪くてご機嫌とってるとか?」
と真生が言うと、今、昭子を笑ったのと同じ調子で高坂は笑う。