顔近くに持ってきて、人の居る場所でまた、うっかりその微かな甘い香りを嗅いだら、泣いてしまいそうだったからだ。

 花を脱衣場に置き、そんな熱演だったかという失礼な八咫の言葉を思い出しながら、真生はシャワーを浴びる。

 確かに、汗を掻くほどではなかったが、いろいろと洗い流したいものがあったからだ。

 花の匂い。
 百合子の香水の匂い。

 斗真を殺した女の赤い服に移っていた花の匂い。

 今とは違う、広まり始めたばかりのシャンプーで自分を洗ってくれた高坂の手の匂い。

 自分を壁に押し付け、口づけてきた高坂が、あのときは確かにそこに居たことを思い出しながら、蒸気で少し温もった壁のタイルに触れ、真生は泣いた。

 頭の上から熱い湯を被りながら。