高坂もあの時代ももう自分の側にはないのに、そこから来たこの人は確かに生きて、自分の腕をつかんでいたことに。

 それなのに、高坂はここには存在できない。

 高坂は自分の手をつかんでいても、一緒に飛ぶことはできなかった。

 さだめに抗(あらが)い、死者の国から蘇った人間はきっと時代を越えることは出来ないのだ。

 真生は椅子に座り、もう一度、完成したその曲を奏でる。

 その調べは八咫の許までは届かないだろうが、坂部には聴こえただろう。

 今日はやけに練習熱心だなと思われてそうだと真生は笑う。

 それか、曲が違うじゃないかと怒鳴り込んできそうだ。

 秋彦のことをなんと紹介しようかな、と思ったとき、目を閉じて聴いていたらしい秋彦が言った。

「……美しい音色だな」

 オレンジの光に照らされたその白い顔をちらと見る。

 穏やかな笑みに見えた。