哲治の望む通りに曲が完成したとき、恐らく、この歪んだ時空の流れは収まってしまうのだろう。

 そして、そのときは、もうすぐそこまで来ている気がしてしいた。

 自分の頭の中で、曲のすべての部分が繋がりつつあるからだ。

 哲治はおそらく、戦争が始まる前の、この追い詰められたような物悲しい空気を真生に感じさせるために何度もこの時代に引き寄せていたのだ。

 ただ、あの曲を完成させるためだけに――。

 この現象は、これから死ぬだろう高坂を助けるために起こっているわけではない。

 真生をこの時代に引き込んでいるのは、哲治の残した執念であり、その魂ではないからだ。

 でも、私の願いは、ひとつだけ――。

 患者の寝間着を洗いながら真生がそう思ったそのとき、

「ちょっとー。
 あんた、いつまで洗ってんのよ。

 ちゃっちゃとやりなさいよー」

 相変わらずな口調の百合子がしゃがんでタライで洗っている真生の後ろ頭を小突く。