本当の絶望に沈んでいる人間は、呑気に目の前に広がる闇を愛(め)でてはいられない。

 日本に居た間は、哲治にとっても、戦争も、人が死ぬことも、自分が誰かを殺すことも、遠い世界の出来事だったのではないだろうか。

 ただ、自分以外の人に訪れている。

 そして、これから自分に訪れるかもしれない恐ろしい未来の迫り来る気配を曲として書き記していただけで。

 あの曲を口ずさみながら、死体を引きずっていた真生は廊下の行き止まりで扉を開けた。

 視界が歪む。

 ふたたび、時空の揺らぎに吞み込まれたようだった――。