そもそも、愛人でもないようだし。

 そういえば、高坂さんの愛人って、話には聞くけど、誰も見たことはないような。

 ……私以外、と自分で思って笑った。

「あの、お名前、なんておっしゃるんでしたっけ?」

「石井百合子よ。それがなに?」

「いえ、いい月夜ですね」
と言うと、その呑気さに呆れたのか、百合子は、

「ねえ、あんた、ちょっと頭おかしいんじゃないの?」
と言ってきた。

 そのまま、かしましい百合子と二人、病院に向かって歩く。

 離れた道路のガス燈の灯りと、まだ、わずかについている病棟の灯りを頼りにして。