「……いいですよ」
と言った斗真に、頼むぞ、と言い、坂部はいなくなってしまった。

 遠くで吹奏楽の音が聞こえて来ているから、部活の練習を見に行くのだろう。

 あちらも、そろそろ大会だ。

 坂部に命じられた斗真は真横に立ち、真生を見下ろしてきた。

「やめてよ。
 あんたにそこに立たれると、なんか牢獄で看守に見張られてる気分になるから」
と言ってみたのだが、

「お前は、牢獄に入ったことがあるのか」
ともっともなことを言われてしまう。

 真生は諦め、頭から弾き直すことにした。

 ゆるやかに流れるメロディ。

 ずいぶん、つまづかずに弾けるようになってきたな、と自分でも思う。

 お前、上手くなったり、下手になったりするからな、という坂部の言葉を思い出しながら、弾いていると、斗真が、
「そこ」
と言った。

 思わず、手を止めると、ああ、いや、やめなくていいんだが、と言ったあとで、
「いつも、そこで引っかかるな」
と言ってくる。

「よく聴いてるわね」
と言うと、

「そこでいつもなにか迷ってるみたいに聴こえる」
と斗真は言う。

 耳がいいな、と思っていた。

 迷っているとは言っても、ほぼ、よどみなく流れているはずなのに。

 いつも、あそこで迷っていたのだ。