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 翌日、真司は昨夜の出来事と菖蒲との出会いを思い出し、授業に集中できないでいた。あっという間に一日が終わり、真司は肩を落としながら下駄箱へと向かっていた。

「授業、全然頭に入らなかった。はぁ……」

 昨夜、菖蒲と出会い、妖怪の町に行き本物の妖怪を目にした真司。それはまるで、夢のように現実味が無かった。
 ふと、前髪越しからチラリと廊下の端を見ると、小さな黒い物体がうようよと動きながら移動していることに気がついた。それは少々丸みを帯び、ススの妖怪に似ていた。
 その物体と目を合わせないようにして、真司は再び歩みを進める。

 ――それにしても、あそこまではっきりと妖怪を見たのは初めてかも。

 そう、真司は〝人ではないモノ〟が見えるが、あくまではっきりと見えるわけではない。真司の目からは影やモヤのようにしか見えず、色や形がなんとなくわかる程度だった。稀に声が聞こえるときもある。
 もしかしたら、妖怪ではなく幽霊かもしれない。どちらにしても、真司にとってそれらはトラウマを抱える原因を作ったものに変わりはなかった。

 真司は昔のことを思い出し、苦虫を噛み潰したような顔になる。それを忘れるように頭を軽く左右に振ると、靴を履き替え校門へとむかった。
 その途中で、真司は門の前で佇んでいる人物に目がいった。まるで引き寄せられるように、真司は自然とその人に近づいていく。
 そして、ハッとしたときには「あっ、菖蒲さん?!」と、声を出していた。名前を呼ばれた菖蒲は、真司を見つけると手を軽く振って微笑んだ。

「真司。なかなか出て来ぬから、いないかと思ったぞ」
「菖蒲さん、どうしてここに!? それに、どうやって僕の居場所がわかったんですか!?」

 驚いた顔で次々と質問する真司はき菖蒲は少しポカンとすると、着物の袖口を口元に当てておかしそうにクスクスと笑った。

「驚いたかえ? どうも、夜まで待てなくてねぇ。だから、お前さんの通う学校まで迎えに来たということじゃ」
「そ、そうなんですか……」
「ちなみに、お前さんの居場所がわかったのは、昨夜、その制服を着ていたからじゃ」

 真司は自分の体を見下ろし「制服ですか?」と、言った。
 菖蒲はまたもやクスクスと笑う。

「ここいらで学ランの制服といえば中学校ぐらいしかないからね。どの中学かは、ちと迷ったが……そこは、情報収集の賜物というやつじゃ」

 妖怪の町で別れてから、まだ一日しか経っていないのに、菖蒲は真司の居場所を突き止めた。妖怪の情報網はかなりすごいということがわかる。

――でも、いったい、どこからそういうのを知るんだろう?

 そう思っていると、コソコソと話す周囲の気配を察知し、真司は我に返った。

「なぁ、あいつおかしくない?」
「さっきからひとりで話してるで」
「変なの」
「え、ヤバい系なやつ?」

 変なものでも見るような目で真司を見て、少し距離を置くように横を通り過ぎる生徒たち。
 人間の姿をしているから忘れていたが、彼女は他の人に見えないのだ。
 真司はほかのせいとたちと目を合わせないように、何も聞こえなかったかのように俯いた。菖蒲はそんか真司を見て「うむ……」と、呟くと名前を呼んだ。

「真司」
「は、はい……」

 真司は顔をほんの少しあげるが、あくまで菖蒲とは目を合わせない。

「他の者にも私の姿を捉えられるようにもできるが、そうしようか?」
「……え?」
「妖怪は人に化け、人を驚かす。ゆえに、人に姿を見せることもできるのじゃ。特に力の強い妖怪ほど、人に近い姿で変化することができる」

 真司は慌てて菖蒲の腕を掴み「や、やめてくださいっ!」と言った。菖蒲は一瞬驚いた顔をするが、真司のなにかに怯えたような目を見ると、すぐに冷静な表情になった。
 真司の手は微かに震えている。菖蒲はそんな真司の手に触れると、ふっと微笑んだ。

「あい、わかった。お前さんがそう望むならやめておこう」
「菖蒲さん……」
「では、さっそく掛け軸のあるお前さんの家へと向かおうぞ!」

 そう言うと菖蒲は真司の手を取り歩きだした。
 真司は引っ張られるようについていく。どうやら家の場所もわかっているらしい。
 不自然な歩きかたに、周りは奇怪な目で真司を見ていたが、なぜか手を振り払おうという気持ちになれなかった。むしろ、菖蒲に引っ張られることで自然と俯いていた顔があがり、背中を押されているような気がしたのだ。

 ――本当に不思議な人だ。人間じゃないのに怖くないし、優しい。それに……温かい。