もし、妖怪の怒りに触れたら? 自分が人間だと、もっといろんな妖怪にバレたらどうなる?

 それは、狼の群れの中に兎が飛び込むようなもの。真司は自分になにかできるという自信がなかった。そしてなによりも、菖蒲に迷惑をかけるかもしれないという不安もあった。

「確かに、普通の人にはないものですが、僕は――」
「こりゃ、まだ言うかえ? まったく、心配性やのぉ。今まで怯えながら暮らしていた力をお前さんは私のそばで使っていくんよ? 怖いことはあらへんから安心しぃ」

 真司は頭の中で菖蒲の手伝いをしない未来を想像する。その未来では、今までと変わらず人との交流をなるべく避け、人ならざるモノから逃げるような生活を送るのだろう。

 それは、とても寂しい日常。
 それは、とても楽しくない日常。

 ――そんなの……嫌だ!!

 真司は決意した表情で手をギュッと握り締める。長い前髪から微かに見える真司の目――その目の奥には小さな光が宿っていた。
 菖蒲はそんな真司の目を見て、彼自身がした選択を言葉にするまで待つ。

「ぼっ、僕……、菖蒲さんの隣にいたいです! 今は、まだ不安で妖怪たちも怖いですけど……でっ、でも! それでも、もっともっと自分に自信をつけられるように、上を向いて歩けるようになりたいんです!」

 菖蒲は真司のその言葉を聞いて微笑んだ。菖蒲のその笑みは、どこか満足そうな顔をしていた。

「管理人の仕事言うても、住人の悩みを聞き、ときには手を貸し、見守るのが仕事じゃ。さてさて、これから大変になるえ。なにせ、この商店街は賑やからねぇ」

 菖蒲は着物の袖口を口元に当てると、真司にウインクし嬉げに笑ったのだった。