真司と菖蒲、そしてお雪は居間で四角いテーブルを囲んで座ってお茶を愉しんでいた。
 しばらくすると、お菓子を一通り食べ終わり満足したお雪が、真司の隣りにいそいそと座り向き合った。

「あのね! あのね! それね、私とお揃いなんだよ! 見て、雪兎なのー♪ かわいいよね!」

 そう言うと、お雪はクルリと自分の後頭部を真司に見せ、雪兎の髪飾りを指す。ぬいぐるみのようにふわふわで丸い雪兎の髪飾りを見て、真司は「そうだね」と返事をしようとするが、真司が口を開く前にお雪はさらに真司に問いかけた。

「ねぇねぇ、好きな物はなに? 私はね、食べ物が好き! ねぇねぇ、人間の男の子はムッツリって本当なのー?」
「え、あ、あの……」

 真司は、間髪入れずに次々と質問をするお雪に困惑し、菖蒲に目で助けを求める。
 その気持ちが通じたのか、菖蒲は湯呑みをテーブルに置くと「はぁ……」と、溜め息を吐いた。

「これ、お雪。真司が困っておるぞ」

 お雪は菖蒲に注意され、ぺろっと舌を出すと、思い出したかのように「あ、そうだ!」と言った。聞きたいことがたくさんあったお雪は、知らず知らずのうちに真司に詰め寄っていた距離を再び取るとニコリと笑った。

「自己紹介まだだよね? 私は、雪芽だよー♪ 皆からは、お雪って呼ばれてるの!」
「僕は、宮前真司。よろしくね、お雪ちゃん」

 怖がらずに受け入れてくれたことが嬉しかったのか、お雪はパァッっと花が咲くような笑顔を真司に向けると、おもむろに真司の手をギュッと握り握手をする。
 手を握られすごい勢いで握手をされた真司は一瞬驚いたが、お雪の嬉しそうな表情を見ると思わず笑みが溢れた。しかし、なかなかお雪の握手が止まらず真司は苦笑したのだった。

「あ、あははは……痛い痛い……」

 そんなふたりを微笑ましく見ていた菖蒲は、思い出したように真司に提案を始めた。

「それはそうと、真司。お前さん、明日から私と一緒に管理人の仕事を手伝ってくれないかえ?」
「……え?」

 菖蒲の言葉に思わず聞き返してしまう真司。

「む? 聞こえなかったのかえ?」
「いえ、そういう意味では――」
「私の仕事は、商店街にいる妖怪たち、それにこの家の骨董品たちを管理することなんよ。お雪もお前さんのことを気に入っているようじゃし、その仕事を手伝ってもらえないかえ?」

 真司の言葉を遮り、菖蒲はもう一度、ゆっくりと言った。真司は突然のことで頭の整理が追いつかず戸惑う。

「ちょ、ちょっと待ってください! そうはいっても、僕は人間で……な、なんの力もありません――」
「あるじゃないか」
「え……?」
「お前さんにはすでに力がある。〝見えざるモノが見え、声が聞こえる〟という力がね」

 菖蒲は袖口を口元に当て「ふふっ」と笑うと、真司と橋で出会ったときのことを思い出す。あの日、あの晩、菖蒲が商店街へと帰ろうとしたとき、真司は菖蒲を引き止めた。そして、そのあと、真司は確かにこう言った。

『はっきりとは見えないですけど、なにかがあるのは確かだと思ったので』と。

 あの橋にも、実は人間が見えないように結界が張ってあったのだが、真司のその勘と目の力は確かなものだと菖蒲は思った。

 ――結界を見破った……なによりも、真司のこの魂の波動……ふふふっ。

 楽しそうに目を細める菖蒲とは対照的に、真司は不安にかられていた。