そんな話をしていると、あっという間に菖蒲の家の裏口へと辿り着いた。初めて来たときはわからなかったが、瓦屋根で一階建ての木造の家と、その家を囲っている塀はどこか懐かしい風情を感じる昭和レトロな雰囲気だった。
 菖蒲は、先に戸口に入ると後ろを振り返り真司に手招きする。

「ほれ、早うお入り」

 真司は慌てて返事をし家の中へと入った――が、店に入った瞬間、なにかが突進してきてギューッと抱きつかれた。

「おかえりなさーい♪」
「げふっ!!」
「これ、お雪。猪の如く突進をするのはよいが、真司が困っているではないか」

 ちょうど、頭が真司のみぞおちにぶつかり真司は前のめりになる。

 ――突進はいいんですか!? というか、今、サラリと避けましたよねっ!?

「あ! ごめんなさ~い!」

 てへっ、と下を出し真司から一歩距離を置いたのは、ハーフテールにかわいらしい雪兎の髪飾りを着けた十歳ぐらいの女の子だった。

「えっと……?」

 真司はお腹をさすりながら目の前の女の子をジッと見る。菖蒲と同じく一見人間に見える女の子は、空色の雪の結晶に雪兎が刺繍されている白いスカートのような着物を着ていた。
 どうやら、彼女が菖蒲の言っていた『お雪』らしい。

「あ、君が……」

 真司は自分の前髪を留めている髪飾りにそっと触れる。

「これをくれたのって……君なの?」

 そう言った瞬間、お雪はかわいらしい笑顔でニコリと笑った。まさに、花のような笑みとはこのことなのだろう。

「そうだよ~♪ うんうん! よく似合ってるね♪」

 腕を組んで鼻を高くし何度も頷くお雪に、真司はハッと部屋の中での菖蒲の行動を思い出す。

「あー!! 菖蒲さんに変なことを吹き込んだものも、もしかして君!?」
「変なこと?」
「変なことかえ?」

 菖蒲とお雪は同時に言いながら首を傾げる。

「ベッドの下にイヤラシイ物を隠してるとかなんとか!」
「あぁ! あれかー! ねぇねぇ、菖蒲さん! やっぱり、あった? あった~!?」

 しかし、その返答は菖蒲ではなく真司が答えた。

「ありません!」
「なーんだぁー。ちぇ~……」

 ――なんで残念がるか、わからないんですけどっ!?

 あからさまにガッカリしているお雪に、心の中でツッコミを入れる真司。そういう物は持っていないけれど、あのときの会話を思い出して真司は恥ずかしさでいたたまれなかった。

「ほれ、ふたりとも、はよう中に入るえ」
「はーい!」
「はぁ……」

 ものの数分で早くも疲れた真司は、返事と同時に溜め息を吐いた。