いっぽう、菖蒲と真司は商店街の路地裏を歩いていた。
 狭く薄暗いせいで一見怖そうに見えるが、実際は表通りの妖怪たちの客引きをする超えや笑い声が聞こえる。それ程怖い印象はなく、例えるなら、お祭りにある屋台裏のような雰囲気だった。

「あの……どうして、わざわざ路地裏を歩くんですか?」
「うむ。めんどくさいからじゃ」
「めんどくさい?」

 なにが面倒なのかわからず、真司は首を傾げる。菖蒲は前を向き、真司の少し先を歩きながら話を続けた。

「今頃はもう、お前さんが人間だということがこの商店街に広まっているやろうからね」
「え!? それって大丈夫なんですか? ぼ、僕、食べられたりするんですか……?」
「ふふっ。それはあらへんから安心しぃ。まぁ、人間ということで気になったやつらは、興味本位でお前さんに群がるやろねぇ。いちいち説明するのも面倒やしねぇ」
「……よかった。安心しましたけど……なんかすみません。僕のせいで」

 真司はシュンとうなだれる。そんな真司を見て菖蒲は笑みを浮かべた。その笑みはどこまでも優しい微笑みだった。

「お前さんが気にすることはなんもあらへんよ。ここの者は、見た目はあれじゃが、よい妖怪ばかりじゃ。久しぶりに人間に会うて浮かれている者もいるが……まぁ、少しいたずら好きが多かったりもするだけじゃ」
「いたずら好きですか?」
「あぁ。妖怪っていうのは、人間を脅かしてなんぼのものやからねぇ」

 菖蒲は袖口を口元に当てクスクスと笑う。だが、真司は昔話にあるような話に少し怯えていた。
 昔話には、さまざまな言い伝えや物語がある。単純に妖怪が人間を脅かすという話もあるが、中には、妖怪が人間を食べるという話もある。先程、菖蒲は『それはない』と言っていたが、それでも真司は怖かった。真司はおそるおそる聞いた。

「あ、あの……昔は人間を……その、た、食べたり……していたんです、よね?」
「大昔はな」

 菖蒲はためらいもなく言った。真司はその言葉に背筋がヒヤリとなる。

「そう怖がることはあらへんよ」

 菖蒲は内心怖がっている真司がわかったのだろう。そう言って優しく真司に微笑みかけた。

「言ったやろう? 大昔やと。まぁ、私から見たらそんな大昔ではないがね。人間からにしたら、ほんまの大昔のことやよ。それこそ、平安の頃にもなるねぇ」
「そ、そんな昔なんですね。はぁ……よかったです」

 そう言いながら、真司はふと菖蒲の年齢について考えた。

 ――平安って、菖蒲さん、そんな昔からいるの!? いったい何歳なんだろう?

 見た目はそんな大昔から生きているようには見えない。せいぜい高校生や大学生、もしくは童顔の大人に見える。だから、真司は菖蒲がそんな大昔から存在していることに内心驚いていた。
 真司の視線に気づいたのか、菖蒲はチラリと真司を見る。目が合った真司はなんとなく気まづい気持ちになり、慌てて菖蒲から目を逸らした。
 そんな真司を見て、菖蒲は「ふふっ」と笑った。