「よっ! そこの兄ちゃんどうや? 新鮮な野菜はいらんか?」
「えっ!?」

 ――ぼ、僕!?

 突然声をかけられた真司は驚いてしまう。すると、真司を守るかのように菖蒲が前に立った。

「これ、山童。野菜は今はいらんし、こやつに絡むな」
「えっ! あ、菖蒲様!! じゃなくて、菖蒲姐さんじゃねーすか。へ、へへへ……こりゃ失敬失敬」
「イケてる兄ちゃんがいたんで、つい……はははは」
「は、はぁ……」

 真司は曖昧な返事をする。
 そう、真司は前髪をあげれば、そこそこの容姿をしているのだ。と言っても、当の本人にはまったくその自覚がないのだが。

「うむ。確かに真司はかわいいの。初心やしの。そこは認めようぞ」

 ――か、かわいい!? た、確かに……昔は、母さんに女の子の服を無理やり着せられたけど……。

 真司はなぜか少し複雑な気持ちになった。
 そんな真司のことを山童は横目で見ると、今度は腕を組み、目を細めながら上から下までジロジロと見ていた。真司は恐怖を感じ、一歩身を引く。

「な、なんですか……?」

 ――うぅ…。や、やっぱり怖い!

「うーん? お前……もしかして、人間か?」

 その言葉に真司はぎょっとし、顔から一気に血の気が引いた。

 ――バ、バレた!

 真司の正体に気づいたのか、それとも山童の会話を盗み聞きしていたのか、商店街で買い物をしている他の妖怪たちも足を止め、真司のことをジーッと見始めた。
 真司はどうすればいいのかわからず、菖蒲の着物の袖を引っ張る。

「大丈夫やから、そんな不安そうな顔をせんでもええ」

 菖蒲は微笑みながら真司に言う。そして、山童に向き直ると、袖口を口元に当て笑いながら言った。

「この子は、お前さんの言うとおり人間やよ。この子になにか悪さをしたら、私が許さないから、そのときは……覚悟しておくことやねぇ」

 山童や何気に会話を聞いていた他の妖怪たちがゴクリと息を飲んだのがわかる。それぐらい、先程の菖蒲は妖艶で、恐ろしい雰囲気が出ていたのだ。
 山童や他の妖怪たちも「これは本気だ!!」と、心の中で思う。中には、全身から冷や汗を流している者や顔から血の気が引いている者もいた。

 真司は気づかなかっただろうが、妖怪たちは気づいている。菖蒲が少しだけ殺気を出していることに。

 その場にいた妖怪たちは冷や汗をかきながら苦笑すると、そそくさとその場から逃げ出した。

「い、いやですよ~、姐さ~ん。ははは……お、おお俺らが、そんな人間をどうこうしようなんて考えていませんって! な、なぁ、皆!?」
「う、うんうん」
「そ、そうです、菖蒲様!」

 菖蒲は、妖怪たちの言葉を聞くとニコリと微笑んだ。

「なら、ええんや。ほら、はよう行くえ真司」
「あ、は、はいっ!」

 菖蒲と真司が八百屋をあとにして歩きだすと、妖怪たちはホッと安堵の息を吐いた。

「いや~、これは妙な人間がやってきたもんだなぁ。菖蒲姐さんのお気に入りかぁー。しかし、さっきの姐さん……怖かったぁ。おぉう、くわばら、くわばらっ!」