真司があやかし商店街――つまり、妖怪が運営する妖怪だけの町へと来たのは、これで二度目である。
一度目は掛け軸のお願いのため。本日二度目は、他でもない、菖蒲に会うためだった。
真司があやかし商店街に着くと、商店街の入り口で着物を着た菖蒲が微笑みを浮かべながら待っていてくれた。
「菖蒲さん……!」
「ふふっ、よう来たね。来ると信じておったよ。む? おやおや? てっきり、その長い前髪を切ってくると思ったんやけどねぇ」
真司は自分の長い前髪に触ると苦笑した。
最初は切ろうとしたが、この視界とこの長さに慣れており、突然バッサリと切るのに少しためらったのだ。
「切ろうとはしたんですけど、なかなか……あはは」
「お前さんのことやから、そう言うと思ったよ。だからねぇ」
そう言いながら、菖蒲は楽しそうに袖口からゴソゴソと何かを取り出す。そして、それを真司の前髪に挿した。
「うわっ!?」
前髪を上げられ、真司は視界が明るくなったことにすこし目を細め、自分の頭になにか付いているのに気がついた。
どうやら、前髪を留められたらしい。
「あの……これ、なんですか?」
「ヘアピンやよ。かわいかろう?」
――そう言われても、自分じゃ見えないんですけど。
「それはね、お雪が真司にと言ったんよ」
「お雪?」
真司は、聞き覚えのある名前に、いつどこでそれを聞いたのか思い出そうとする。
「あ、そうだ。お雪さんって、菖蒲さんが僕のベッドの下を覗いているときも言っていましたね」
「うむ。まぁ、ここで立ち話もなんやから、私の家に向かおうじゃないか」
「は、はい」
真司は慌てて菖蒲の隣に並び、商店街を歩き始めた。やはり、今日の商店街もとても賑わっていた。
真司は、自分の人ならざるモノが見える体質について少し前向きになれたつもりでいたが、実際に妖怪だらけの商店街に来ると怖気付くような気持ちになった。
――人間の僕がここにいても、本当に大丈夫なのかな……?
異形な姿をしている妖怪たちが恐ろしく、目を合わせないように下を向きながら歩いていると、大きな声で客引きをしている妖怪が現れた。
真司は下を向きながら窺うようにその妖怪を見ると、八百屋を営むひとつ目の男だった。一見人間のように見えるが、こめかみまで伸びている柿褐色の頭髪に長い髭、そして細かい毛が全身を覆っていた。そのうえ、上半身は裸だ。
「今日はきゅうりが安いよ~! 『新鮮屋』の新鮮や! がはははっ! さぁさぁ、買った買ったぁ!!」
なにがおかしいのか豪快に笑う半裸の妖怪に、真司は首を傾げ、隣の店をチラッと見る。
八百屋の隣はどうやら魚屋らしい。店頭には魚はもちろん、貝やカニ、お酒のおつまみにもなりそうな塩辛やタコわさびなども売られていた。
そして、それらを売る妖怪も、八百屋同様変わった姿をしていた。体は丸く頭には風呂敷を被り、達磨のような髭の生えた顔をしているのだ。手は魚の鰭のようで、達磨なのか魚なのかわからない。
どの店の店主も妖怪ばかりだが、皆、元気よく店を開いていた。無論、店を訪れる客も人間には見えない。
真司がコソコソと商店街を物色していると、八百屋の妖怪に声をかけられた。
一度目は掛け軸のお願いのため。本日二度目は、他でもない、菖蒲に会うためだった。
真司があやかし商店街に着くと、商店街の入り口で着物を着た菖蒲が微笑みを浮かべながら待っていてくれた。
「菖蒲さん……!」
「ふふっ、よう来たね。来ると信じておったよ。む? おやおや? てっきり、その長い前髪を切ってくると思ったんやけどねぇ」
真司は自分の長い前髪に触ると苦笑した。
最初は切ろうとしたが、この視界とこの長さに慣れており、突然バッサリと切るのに少しためらったのだ。
「切ろうとはしたんですけど、なかなか……あはは」
「お前さんのことやから、そう言うと思ったよ。だからねぇ」
そう言いながら、菖蒲は楽しそうに袖口からゴソゴソと何かを取り出す。そして、それを真司の前髪に挿した。
「うわっ!?」
前髪を上げられ、真司は視界が明るくなったことにすこし目を細め、自分の頭になにか付いているのに気がついた。
どうやら、前髪を留められたらしい。
「あの……これ、なんですか?」
「ヘアピンやよ。かわいかろう?」
――そう言われても、自分じゃ見えないんですけど。
「それはね、お雪が真司にと言ったんよ」
「お雪?」
真司は、聞き覚えのある名前に、いつどこでそれを聞いたのか思い出そうとする。
「あ、そうだ。お雪さんって、菖蒲さんが僕のベッドの下を覗いているときも言っていましたね」
「うむ。まぁ、ここで立ち話もなんやから、私の家に向かおうじゃないか」
「は、はい」
真司は慌てて菖蒲の隣に並び、商店街を歩き始めた。やはり、今日の商店街もとても賑わっていた。
真司は、自分の人ならざるモノが見える体質について少し前向きになれたつもりでいたが、実際に妖怪だらけの商店街に来ると怖気付くような気持ちになった。
――人間の僕がここにいても、本当に大丈夫なのかな……?
異形な姿をしている妖怪たちが恐ろしく、目を合わせないように下を向きながら歩いていると、大きな声で客引きをしている妖怪が現れた。
真司は下を向きながら窺うようにその妖怪を見ると、八百屋を営むひとつ目の男だった。一見人間のように見えるが、こめかみまで伸びている柿褐色の頭髪に長い髭、そして細かい毛が全身を覆っていた。そのうえ、上半身は裸だ。
「今日はきゅうりが安いよ~! 『新鮮屋』の新鮮や! がはははっ! さぁさぁ、買った買ったぁ!!」
なにがおかしいのか豪快に笑う半裸の妖怪に、真司は首を傾げ、隣の店をチラッと見る。
八百屋の隣はどうやら魚屋らしい。店頭には魚はもちろん、貝やカニ、お酒のおつまみにもなりそうな塩辛やタコわさびなども売られていた。
そして、それらを売る妖怪も、八百屋同様変わった姿をしていた。体は丸く頭には風呂敷を被り、達磨のような髭の生えた顔をしているのだ。手は魚の鰭のようで、達磨なのか魚なのかわからない。
どの店の店主も妖怪ばかりだが、皆、元気よく店を開いていた。無論、店を訪れる客も人間には見えない。
真司がコソコソと商店街を物色していると、八百屋の妖怪に声をかけられた。