京都祇園 神さま双子のおばんざい処

 それからふたりは再び和やかに話ながら、最後の白玉を食べた。これも弥彦さんの手作りで、私も食べたことがあるけど他の店にはない食感が特徴。五月なので子供客がいるときには柏餅のように作ることもあるけど、今日はお化粧をしている夢桜さんにも食べやすいように小さめの白玉だった。

「ああ、白玉なんて久しく食べていなかったけど、こんなにうまいものだったっけ」

「ここのものは何もかも特別やさかい」

「そうだね」と、水森さんが少し遠い目をした。

「ここは何もかも夢みたいだった。これから僕は現実に戻らないといけない」

 食事が終わると、水森さんが先に『なるかみや』から出ていく。よい食事をさせてもらったと、夢桜さんにも微笑みかけていたが、店を出るとひとりのビジネスマンの顔に戻っていた。

 見送った夢桜さんは、カウンターに腰を下ろした。弥彦さんが黙って隣に座る。

「あの人、お店から出た途端に見たことない背中になってた」

「そうか」

 と、拓哉さんが夢桜さんにお酒を改めて用意し、お酌していた。

「ぬる燗にしてくれてんね」

「五月も半ばを過ぎたけど今夜は少し肌寒い。それに、こういうときの冷や酒は、あとから効いてくるから」

 夢桜さんはおちょこを傾けた。

「思った通りにならんことが、のちのちの幸せになることもあるのよね」

「そうかもしれないな」

「あなたのおばんざいは改めて私たちにそれを教えてくれはった。おおきに」

 白木のテーブルに透明な雫がぽとりと落ちる。

 十五年前、駆け落ちを誓った無垢なふたりを想い、夢桜さんは泣いた。

 祇園の夜の賑わいが遠くに聞こえている。