京都祇園 神さま双子のおばんざい処

 空いているお皿を下げ、お茶を新しく淹れていると、奥から信子さんが「お待たせしました」と戻ってきた。

 信子さんの声に振り返って私は絶句した。

「その姿は……」

 弥彦さんに手を取られて歩いてくるのは日本髪を結い上げて白粉を塗った美しい芸妓姿の信子さん。

 いや、匂うほどに美しい女盛りの夢桜さんだった。

 引きずりの長い裾を片手に持ち、ゆっくりと歩いてくる。着物は深い紫地に薄紅色の桜の花びらをあしらっていた。持ち上げた裾から覗く赤い襦袢(じゅばん)が色気を添える。帯は黄金色ながら華美な印象よりも高貴さを感じさせた。

 それというのも、夢桜さんがあまりにも美しすぎたからだ。

 白塗りの肌。目の周りのほのかな赤み。口に差した鮮やかな紅。もともと美人顔の夢桜さんの美貌が輝いていた。かんざしは芸妓らしく控えめで、かえって夢桜さんのきれいな顔に視線を導いている。

 座敷に上がり、裾を翻して正座した。雅な仕草で一礼。

「久しぶりにこないな格好しまして、お見苦しくないやろか」

 はにかむような微笑みが見る者の心を鷲づかみにする。たおやかな声が耳に心地よかった。気品のある色香がごく自然に放たれて目眩がしそう。

 弥彦さんが「祇園最高の芸妓のひとり」と絶賛した人物がそこにいた。

「きれいだ……」

 水森さんはそれしか言わない。それだけしか言えない。

 弥彦さんが慣れた手つきで三味線を弾き、唄う。

 それに合わせて、夢桜さんが舞う。

 少女の可憐さと大人の女性の美麗さが舞の中で次々に表われ、溶け合う。

 夢桜さんは何も語らない。

 しかし、投げかけられたまなざしが、伸ばした指先が、傾けた首すじが、舞の所作のひとつひとつが雄弁に語っているようだった。

 水森さんも何も言わない。黙ってその舞を見つめている。夢桜さんが舞に込めた言葉を心全部で聞こうとするように……。

 やがて、舞が終わったとき、水森さんは静かに涙を流した。

「これが、のぶちゃんの――夢桜の答えなんだね」

 この十五年があったから、祇園の夢桜はいま、あでやかに桜の花を咲かせることができるのだ、と。