「ようこそお越しくださいました。咲衣さんのお友達ということで、うちの給仕担当がはしゃいでいるようなので止めに来ました」
「拓哉さん、お疲れさまです」と私は感謝の一礼をした。
すると、拓哉さんが小声でささやきかけてきた。
「せっかくの友達なんだ。そちらの家族が許可してくれたらだが、今日は食べる方に回っていいぞ」
びっくりして拓哉さんと早苗の顔を見る。早苗がにっこり笑う。聞こえてたみたい。
早苗がさっそく誠太郎さんに提案してくれて、私もご一緒させていただくことになった。少し気が引けたが、誠くんを見ててくれるとうれしいと早苗からも誠太郎さんからも言われたので、お言葉に甘えることにする。
「では、俺は調理場に戻る」
「じゃあ、僕は咲衣さんの分のお冷やとおしぼりを持ってくるね」
今日も『なるかみや』のおばんざいは素敵だった。
肉が好きだという誠くんのために、特別にサイコロステーキやミニハンバーグも作ってくれた。
野菜を使った料理もどれもこれもおいしい。
「おいしい。おねえさん、どうぞ」
「誠くん、ありがとー」
私の膝の上で一生懸命食べながら、自分が食べておいしかったものを誠くんがごく自然に私にも分けてくれた。ぷくぷくほっぺのかわいい子から食べ物を勧めてもらって、お姉さんはメロメロだよ。
早苗と誠太郎さんも、おいしかった食べ物や互いの好物を譲り合っていた。
こういう両親を見て育ってるから、誠くんも同じことを私にしてくれたんだな。
拓哉さんのおいしい料理に、弥彦さんの給仕とおしゃべりが添えられて、うっとりするようなひとときになる。ああ、やっぱり私、こんなふうな仕事をしたい。ここに留まるように言ってくれた早苗に心から感謝だ。
いろいろあった先日と違って今日はゆっくり味を噛みしめることができる。さらに、かわいい子供を抱っこしながら、気取らないのに洗練された京都の味をいただく。何と罪深いおいしさだろう。
楽しいひとときの終わりを告げたのは、誠くんのおねむ。気がつけば二時間以上、ゆっくり食べてゆっくりしゃべっていた。
お会計をすませた誠太郎さんが、拓哉さんたちにお礼を言っていた。本日の会計、全員合わせて総額二千円也。
「本当においしかったです。しかもこのお値段でいいんですか。他のおばんざいのお店で食べたらこの三倍以上しますよ」
「うちは良心価格がモットーでやってますから」と弥彦さん。
誠くんは早苗に抱っこされたまま眠ってしまった。
夜の祇園を家路につく早苗たちの背中を見送る。拓哉さんと弥彦さんも一緒に見送っていた。この店ではごく当たり前の光景なのだが、なぜか私は胸が一杯になりそうだった。
するとその背中が角に曲がるのと入れ違いになるように、夜闇の中から着物姿のきれいな女の人が歩いてきた。信子さんだった。
「こんばんは、信子さん」
「こんばんは、咲衣さん。いますれ違った方は今日のお客様やったんかしら」
「はい。私の友人とその家族で」
「そう。子供さんがかわいらしかったわ」
弥彦さんがにこにこと前に出てくる。
「夢桜さん、わざわざ店まで来るなんて珍しいですね。何かありました?」
弥彦さんの質問に信子さんは少し複雑な笑みを浮かべた。
「明後日の夜で予約、取れます?」
「ああ、問題ない」と、拓哉さんが答える。
拓哉さんも少し信子さんの真意を測りかねているような顔をしていた。私、だんだん拓哉さんの表情が読めるようになってきたかも。
「じゃあ、予約お願いします」
「何名様で?」
ふたりと人数を言ったあと、ややあって信子さんが付け加えた。
「私と、私の昔の婚約者――」
「拓哉さん、お疲れさまです」と私は感謝の一礼をした。
すると、拓哉さんが小声でささやきかけてきた。
「せっかくの友達なんだ。そちらの家族が許可してくれたらだが、今日は食べる方に回っていいぞ」
びっくりして拓哉さんと早苗の顔を見る。早苗がにっこり笑う。聞こえてたみたい。
早苗がさっそく誠太郎さんに提案してくれて、私もご一緒させていただくことになった。少し気が引けたが、誠くんを見ててくれるとうれしいと早苗からも誠太郎さんからも言われたので、お言葉に甘えることにする。
「では、俺は調理場に戻る」
「じゃあ、僕は咲衣さんの分のお冷やとおしぼりを持ってくるね」
今日も『なるかみや』のおばんざいは素敵だった。
肉が好きだという誠くんのために、特別にサイコロステーキやミニハンバーグも作ってくれた。
野菜を使った料理もどれもこれもおいしい。
「おいしい。おねえさん、どうぞ」
「誠くん、ありがとー」
私の膝の上で一生懸命食べながら、自分が食べておいしかったものを誠くんがごく自然に私にも分けてくれた。ぷくぷくほっぺのかわいい子から食べ物を勧めてもらって、お姉さんはメロメロだよ。
早苗と誠太郎さんも、おいしかった食べ物や互いの好物を譲り合っていた。
こういう両親を見て育ってるから、誠くんも同じことを私にしてくれたんだな。
拓哉さんのおいしい料理に、弥彦さんの給仕とおしゃべりが添えられて、うっとりするようなひとときになる。ああ、やっぱり私、こんなふうな仕事をしたい。ここに留まるように言ってくれた早苗に心から感謝だ。
いろいろあった先日と違って今日はゆっくり味を噛みしめることができる。さらに、かわいい子供を抱っこしながら、気取らないのに洗練された京都の味をいただく。何と罪深いおいしさだろう。
楽しいひとときの終わりを告げたのは、誠くんのおねむ。気がつけば二時間以上、ゆっくり食べてゆっくりしゃべっていた。
お会計をすませた誠太郎さんが、拓哉さんたちにお礼を言っていた。本日の会計、全員合わせて総額二千円也。
「本当においしかったです。しかもこのお値段でいいんですか。他のおばんざいのお店で食べたらこの三倍以上しますよ」
「うちは良心価格がモットーでやってますから」と弥彦さん。
誠くんは早苗に抱っこされたまま眠ってしまった。
夜の祇園を家路につく早苗たちの背中を見送る。拓哉さんと弥彦さんも一緒に見送っていた。この店ではごく当たり前の光景なのだが、なぜか私は胸が一杯になりそうだった。
するとその背中が角に曲がるのと入れ違いになるように、夜闇の中から着物姿のきれいな女の人が歩いてきた。信子さんだった。
「こんばんは、信子さん」
「こんばんは、咲衣さん。いますれ違った方は今日のお客様やったんかしら」
「はい。私の友人とその家族で」
「そう。子供さんがかわいらしかったわ」
弥彦さんがにこにこと前に出てくる。
「夢桜さん、わざわざ店まで来るなんて珍しいですね。何かありました?」
弥彦さんの質問に信子さんは少し複雑な笑みを浮かべた。
「明後日の夜で予約、取れます?」
「ああ、問題ない」と、拓哉さんが答える。
拓哉さんも少し信子さんの真意を測りかねているような顔をしていた。私、だんだん拓哉さんの表情が読めるようになってきたかも。
「じゃあ、予約お願いします」
「何名様で?」
ふたりと人数を言ったあと、ややあって信子さんが付け加えた。
「私と、私の昔の婚約者――」



