京都祇園 神さま双子のおばんざい処

 その日の夜、早苗が誠くんと仕事帰りのご主人・誠太郎(せいたろう)さんを連れて『なるかみや』にやって来た。

 誠くん、超かわいい。ときどき写真はスマートフォンで送ってもらっていたけど、実際に見ると全然違っていた。最近の子供って、私たちの小さい頃と比べて遺伝子自体が違うんじゃないかというくらいかわいい。ちょっと鼻が低いところもご愛敬。早苗がひとりで誠くんのほっぺをぷにぷにと楽しんでいたので、私も早苗にことわって触らせてもらった。極上の求(ぎゅう)肥(ひ)みたいにやさしかった。最高。

 ご主人の誠太郎さんと会うのも結婚式以来だった。

 高校で日本史を教えている誠太郎さんは真面目そうで、どこか世間ズレしていない感じ。ひとことで言っていかにも先生という感じだった。黒縁のメガネがそれに拍車をかける。背は百八十五センチくらいあると言っていたから、将来、誠くんも背が高くなるだろうなぁ。

 結婚式で会ったときよりもちょっとだけ頬にお肉がついた感じがするのは、幸せ太りに違いない。早苗め、幸せそうで何よりだ。

「妻がいつもお世話になっています」

「いえ、こちらこそ、すっかりご無沙汰してしまいまして」

 誠太郎さんが律儀に私に頭を下げていた。

「ママ、どこすわっていいの?」

「お座敷があるからそっち。まこちゃん、畳の方がいいでしょ」

 座敷席に上がるときに、早苗がこっそりと私にお金を渡してくれた。使い古しで悪いけど裸のお金では不安だろうからと、早苗が前に使っていた黒い財布に入れて。本当にありがとう。

 その一方で、早苗のお母さんしている姿をこの目で見ると、何とも言えない感慨がこみ上げて、ちょっと涙が出た。私が彼氏いない歴ウン年であることから押し寄せてくる悲しみの涙ではない。念のため。

 座敷席は障子を開け放つと店内が見渡せるので広々した印象になる。カウンターの前で作業する拓哉さんの様子もよく分かる。

 弥彦さんが早苗夫婦にお茶、誠くんにはお水を持ってきてくれた。

「いらっしゃいませ。ぼく、かわいいね」

 誠くんを褒められた早苗がにこにこと微笑んでいる。

「ああ、弥彦さん、ありがとうございます」

「あれ? 私、弥彦さんの名前教えたっけ?」

「あー……実はこのおばんざい処のことは噂では知ってたの」

 早苗の言葉に、私と弥彦さんが驚いて顔を見合わせた。

「ああ、そうか。神さまがやっているおばんざい処。本当なんですね」

 と、誠太郎さんがそんなことを言うものだから、「え?」と聞き返してしまった。

「早苗が『そんなお店があるらしいよ』って噂を教えてくれて。私は最初、とんでもない冗談だと思ったのですけど、今日来るときも、早苗が『とうとう見つかったの』と言っていて。本当なんですねえ」

「早苗、それ本当?」

「ママ友の噂で、『祇園に神さまがやっているおばんざい処さんがあって、祇園の人たちはみんな知ってるけど他の場所の人たちは知らない』って。すごいパワースポット的な?」

「ははは。パワースポットか。うまいこと言うね、早苗さ……ぐふっ」

 見れば、拓哉さんが出てきて、弥彦さんの脇腹に一発入れていた。お客さんがいるときに調理場から出てくるのは珍しい。