吾郎は体全体を震わせ、目を吊りあげ、歯をむき出しにして口を開ける。

「ブサイクな、デベソだとぉ⁉また言いやがったなぁ⁉亭主に向かってなんてことを言いやがる!」
 そう吾郎が叫び立ちあがると、途端に窓の外の景色は真っ黒な雲に覆われて、ゴロゴロと地鳴りような音を鳴らし始める。

 そして、ピカッと稲妻が光って、容赦なくあたりに立ち轟いた。

「きゃ!」

 思わずリナが声を上げて、頭を抱えた。

「アンタ!また雷鳴らして!」

 光子はまた怒りと怯えが入り混じったような表情になった。

「しゃらくせぇ!」

 しかし、頭に血が上った吾郎の心のなかは怒りでいっぱいで、ふたりの喧嘩が収まる様子もない。
 もうダメだリナがそう思ったとき。

――パンパン。

 と、先ほどまで静かにふたりの喧嘩を見ていた粟根が、まるで柏手のように手を鳴らした。

 その軽やかな音は、雷やふたりの喧嘩の音よりもあたりに響き渡って、リナも鬼の夫婦も思わず粟根のほうへと視線を移す。

「はい、ありがとうございました。喧嘩の再現までしてくださるとは、わかりやすくて非常に助かりました」

 粟根は、先ほどまで繰り広げられていた大迫力の喧嘩を本当に見ていたのだろうかと思うほどにけろっとした表情で言ってのけた。

 あまりにものんきな声色で粟根がそう言うものだから、さすがの鬼の夫婦も呆気にとられたような顔をする。

 しかし粟根はそんなことを気にする素振りもなく、ふたりに笑顔を向けて、
「まぁまぁとりあえず、おふたりとも座りませんか?」
 と言った。

 鬼の夫婦はそんな粟根を見て、そして改めてお互いの顔を見合うと、ふんと鼻を鳴らして、ソファに座り直した。

 粟根は涼しい笑みを浮かべて飄々としているが、あんなに激しい夫婦喧嘩を根本から解消することができるのだろうかと、リナには不安しかなかった。

 心の声を聴いたからこそ、喧嘩の最中にお互いが不満を溜め込んでいるというのがよくわかった。
 特に光子の鬱憤は相当なもので、ずっとイライラしている。
 それになんだか変な雑音が混じっていた。

「ほらね、先生、見たでしょ? この人ったら、喧嘩になるとあんなふうに雷を鳴らすのよ! もう呆れます!」

 光子が目を吊りあげて、まくし立てるようにそう言うと、吾郎は気まずそうに目を伏せる。

「だってよう」

 と、かすれた声で小さく呟いて、吾郎が肩を落とした。

 どうやら反省しているようだ。そんな吾郎を責めるように光子は続ける。

「この人ったら、雷を出したあとは、いつも後悔してるような態度をとるのよ。もうしない、許してくれ光子って言って。私もそれを信じちゃうんですけど、でも怒るとすぐにこれなんです」

 光子の鋭い視線が吾郎に刺さり、吾郎はさらに小さくなっていく。

「うう。そうや、光子の言うとおりや。やっぱり、おでが悪いよな。すぐに雷を鳴らしちまう我慢のきかねぇおでが悪い。でも、どうもこの癇癪は治そうと思ってもどうにもならねぇ。何度も何度も、治そうって思ってるのに、頭にくると、鳴らしちまうんだ」

 吾郎が、肩をがっくり下げて気が抜けたようにそう言った。

 そんな夫婦のやりとりを見ていた粟根は、笑顔で頷いた。

「なるほど。でも、おふたりが喧嘩の再現をしていただいたことで、手っ取り早く根本を解決する方法がわかりましたよ」

「えっ」
 と声を揃えて驚く夫婦。
 それと一緒にリナも声を上げて驚いていた。

 そして吾郎は鼻息を荒くして、前のめりに粟根に問いかける。

「それはなんや!なんでも言ってくれ!おでは頑張ってみせる!おでのこの癇癪の治すためなら、おではなんでもやるぞ!」
 と鼻息荒く宣言するが、粟根は首を横に振った。

「あ、いえいえ。ご主人に治してもらいたいことはないんです。光子さんにお願いしたいことでして」

「ええ!? おでじゃないのか!? なんで光子なんだ? おで、また雷鳴らしちまったんだぞ。おでが悪い。そうだろ? だから先生は、おでに説教をするんじゃないのか?」

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔で吾郎が粟根に言い募るが、粟根は肩を竦めるだけだった。

「お説教? そんなことをするつもりはありませんが」
「な、なんでだ?」
「なんでと言われても例えば私がお説教をすれば雷を鳴らさなくなるなら、喜んで吾郎さんにお説教しますけど」

 訝いぶかしげな顔で尋ねる吾郎に、粟根が顎に手を添えながらそう返す。