声がするほうに目線を移すと、十歳くらいの男の子が金色の髪の毛と大きな狐のような耳をふわふわと揺らしながら、笑顔でリナたちのもとへ走ってくるのが見える。

「アニキー! これからアニキに相談したいって、雷様がやってきますぜ!」

 と、狐耳の少年が尻尾をぱたぱたと振りながら、粟根に言った。

 一度粟根の黒い狐耳姿を見たことはあったが、それ以来ほかのあやかしの姿を見たことはない。

 リナが少年の狐耳に釘付けになっていると、少年がぎょっとしたように飛び上がった。

「ア、アニキ! この女の人、なんすか!?」

 そう言って、少年はリナから距離をとる。

 ピンと立っていた狐耳が警戒するようにペタリと下がった。

「ゴン、警戒しなくても大丈夫ですよ。この人は最近雇った人間です。サトリの血を引く佐藤リナさん。そんな怖がらなくてもとって食ったりはしないですから。たぶん」

 と粟根が面倒くさそうにリナを紹介する。

「先生、たぶんって言わないでください。とって食べるわけないじゃないですか。それよりも、この子は……」

「この子は、権之助といって、まだ子供ですが狐のあやかしです。時々、うちに相談したいという者を連れてきてくれるんですよ」

 粟根が説明すると、権之助と呼ばれた少年は、恐る恐るリナとの距離を詰めてくる。

 その瞳には好奇心の色もあるが、まだよく知らないリナの存在に戸惑ってもいるようだ。

 眉間に皺を寄せて、まじまじとリナを見ていた権之助が、なにかを思いついたかのようにパッと顔を上げた。

「あ、新しい子分ってことですか? アニキ」
 と確認する権之助に、粟根は少し考えるように上を向いたが、にやりと笑って頷いた。

「まあ、そんなものですね」
「違いますよ!」

 子分になった覚えはありませんと、リナは断固として否定するが、権之助は子分と聞いて、先ほどまで弱々しく垂れていた狐耳をピンと立てた。

「新しい子分! じゃあ、俺と一緒だ! 俺の妹分だ! よろしくな、リナ!」

 権之助はそう言って、くしゃっと満面の笑みを浮かべて親指を立てた。

 ニッと開かれた口から可愛らしい八重歯が見える。
 頭の狐耳が嬉しそうにぴくぴくと動いていて、リナを歓迎してくれる気持ちが心を読まずとも伝わってきた。

 子分扱いされたことには納得がいかないが、ゴンの登場でなんだかリナは微笑ましい気分になった。

「うん、よろしくね、権之助君」
「俺のことは権之助のアニキって呼んでもいいからな!」

 と尻尾を振って楽しそうに言う。
 その可愛らしい姿にリナは和んだ。

 粟根はそんなふたりのやりとりを見守ってから、改めてゴンのほうに顔を向けた。

「それより、ゴン、雷様がどうしたって?」
「そうだ!なんか雷様の夫婦がすっげえ喧嘩してて、そんで雷もめっちゃ鳴ってて、やばいっす!近くのあやかしたちが、朝も夜も雷がうるさくって眠れないって!めっちゃ怒ってるんす!」

 勢いよく権之助はそう言うと、粟根は大体のことを理解できたようで、なるほどと大きく頷いた。

「雷様の夫婦ですか……」

 そう粟根が呟くと同時に、遠くで雷がゴロゴロと轟とどろく音がした。

 先ほどよりも雷鳴は強くなっている。

 権之助は、雷が嫌いなようで、怯えるようにふるふると狐耳を震わせる。

「そ、それじゃあ、アニキ、俺、ちょっと用があるから!」

 そう言って、権之助は逃げ出すように雷雲が迫る方向とは逆方向へと走っていく。

 しかしその途中で振り返るとリナのほうを見た。

「べ、別に雷が怖いから帰るわけじゃないんだからな!用があるからだからな!」

 権之助は妹分だと思っているリナに対してそう弁明する。

 するとちょうどゴロゴロと大きく雷雲が鳴って、権之助は「ピャ!」と変な鳴き声を出して、金色の毛をした子狐の姿に一瞬にして変わった。

 少年の姿から一瞬にして子狐の姿に変わった権之助にリナが驚いていると、粟根が、
「先ほど狐のあやかしだと言ったでしょう?まだ幼いので変化が安定してないんですよ」
と説明した。

 権之助はそんなふたりの会話が耳に入った様子もなく、雷雲が来る前にとササーッと山の繁みのほうに消えていった。
 なんとも可愛らしいうしろ姿である。