サイン会が終わっても、僕ら二人はずっと一緒にいた。先ほどのカフェで、嬉野さんは興奮した表情を浮かべながら、名瀬先生の作品の魅力を僕に語り続けている。

 まさか、名瀬先生が公生くんの知り合いで、隣の部屋に住んでたなんて。そんな嬉野さんのセリフを、僕はもう五回は聞いた。五回も聞いてなお、僕はその事実を頭で理解することができなかった。

 だから嬉野さんが先輩にもう一度会いたいと言った時、なんの迷いもなく頷いて、僕の住んでいるアパートへと向かった。

 いつものように、からかうように先輩は微笑んで、ネタバラシをしてくれると思ったから。けれど、そんなネタは一つもなかった。僕の隣の部屋から出てきた先輩は、僕らを見て困ったように微笑んでから、知りたくもなかったネタバラシをしてくれた。

 もう、小説は書かないと。

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