「凛々子さん」
低く澄んだ声が、鼓膜を震わせた。私は後ろを振り返った。
開け放った窓から風が勢いよく入り込み、肩に柔らかくかかっている私の髪を、ふわりと持ち上げた。
信広さんははめていた指輪を外して、教卓の上に置いた。そしてこちらにゆっくりと向き直ると、唇を開き、白い歯を見せた。
「これからの未来を、俺と手を繋いで一緒に歩いてくれませんか」
こぼれるような笑みが、夏の光の中に弾けた。
唐突な一言だった。にもかかわらず、驚きや戸惑いはなく、私はただただその笑顔に引き込まれた。心にぱあっと一条の光が差し込む。
どんなにあがいても、過去は変えられない。死んでしまった人も生き返らない。
けれど……
未来はいくらだって変えられる。死んでしまった人たちが生きたかった明日を背負い、命の尊さを噛み締めながら生きていくことはできる。