結婚なんてしなくても、今の生活で満たされているもの。
妥協して結婚するくらいなら、行き遅れの方が百倍ましってものだわ。

ただし、周りの事にはもうちょっと気をつかおう。

帳簿を開きつつそんな事を考えていると、気まずそうな表情のライがやって来た。


ライは机を挟んだ正面の椅子に浅く腰掛け、若干躊躇いながら切り出して来た。


「あの、さっきは悪かった……変な所を見せて」

私は手にしていた羽ペンをペン立てに置きながら答える。

「私こそごめんね。ノックもなしに突入しちゃって。ちょっと勘違いしちゃったの。カミラさんにも謝らなくちゃね」

私の言葉に、ライはがっかりと項垂れる。

「やっぱり誤解してるよな」

「誤解って?」

首を傾げると、ライは居住まいを正して言う。

「エリカは俺がカミルを好きだと思ってるんだろ? でも全くの見当違いなので、認識を改めて下さい」

「え? どう見ても好きでしょう? 初めて会った時なんて見とれてたし、さっきだって再会が待ち遠しかった感じだったし。彼女は信じられないくらい美人だし、ライが好きになるのも当然と思ったんだけど」

「見とれてないし、再会も望んでない。むしろ二度と会いたくない」

私はますます首を傾げたい気分になった。

ライはなぜここまで頑なに、彼女への想いを否定するのだろう。

今は我が家の家人の立場とは言っても、恋愛の制限なんてしていないのに。
お客様との恋愛も、節度をしっかり守ってくれるのなら、禁止はしないし。

単に、照れているだけなのかな?

あれこれ考えていると、ライが念を押して来た。

「いいか? カミルとの事は誤解するなよ?」

そこまで必死に否定すると、逆に怪しく感じる。どう考えてもカミラさんが大好きでしょう。だけど、ここはライの気持ちを汲んで騙されてあげる事にした。

「分かったわ。私の勘違いだったのね」

「ああ、そうだ」

ライはホッとしたように微笑む。

「でも彼女は大事なお客様だから、顔を合わせたら丁寧に接してね」

「……分かった。まあ、カミルとはあまり顔を合わせないようにする。エリカに誤解されたら困るからな」

「そこまでしなくても、もう変に誤解しないし……ところで、彼女の名前はカミルでなくカミラよ。間違えないでね?」

一目惚れした相手の名前を間違えて覚えるなんて、ライらしくない。
だけど、冷静さを無くしてしまうのが恋なのかもしれない。